史の詩集  Fuhito Fukushima

福島史(ふくしまふひと)の詩集です。

「詩人の魂」

― 史(ふひと)独白

 もう本人も忘れてしまった遠い日々、必死に書き連ねたであろうノート1冊が、プリントすると、わずか10ページくらいに納まってしまう。そうして、凝縮してしまった日々の重みを、すでに遠く消えてしまった私の細胞を感じ、直すことさえかなわない。今の私にはいとおしくも、もう振り返れない想いを、他人事のようにながめては、ため息をつくのであった。


10-20’sぽえむによせて・・・

これは私のずっと若いとき、あなたがこれから夢を追いかける年齢なら、私がその時期、こんなことを書き連ねていたことを知ってもらうのもいいと思ったのです。

 もう私には必要のないものだけど、同じくらいの年齢の人には、通じるものもあればと思ったのです。

 
 
 
「詩人の魂」 ―10-20’s(ティーンズ)の僕へ捧げる詩


もう私は詩人じゃない
もう私は詩人じゃない
もう私は歌わない
もう私は歌を詠まない

遠い遠い昔から 詩人は詩を歌に残してきた
世界中で どの時代も

喜びも悲しみ怒りも嘆きもあきらめも
詩人はどこかの誰かの思いを
ことばにして歌い続けてきた

その歌を聞いて 僕は育った
その歌を聞いて 僕は生きた
その歌を聞いて 僕は大人になった


まだ私には 歌うべきものがある
まだ私は 歌わなくてはいけない


けれど 僕の歌を聞く人は
けれど 僕の歌を聞いてくれる人は
次々と去っていった
僕の前から 僕の国から 僕の時代から

喜びも悲しみ怒りも嘆きもあきらめも
僕は僕の大切な人の思いを
ことばにしようと 歌い続けてきた

でも 僕に抱え切れないほどの思いを残して
大切な人は去った いなくなった 死んでしまった

僕の大切な人への思いは 溢れんばかりに出づるのに
その思いは 一つもことばになりやしない
その思いは 一つの声に出やしない

そして 僕は気づく 僕は詩人なんかじゃなかった


もう私は詩人じゃない
私は歌わなかった 歌えなかった
大切な人々が 私に歌い続けてくれたとき
私はそれをきちんと受け止められなかった

僕のまわりの詩人たちは
僕に この世を人生を愛を幸せを 歌い続けてくれた
数え切れないくらい 多くの詩人たちよ
その歌よ 詩よ 声よ

僕はただそのことばを思い出して 今は涙するのだ
僕はただその歌を噛みしめつつ もうボロボロになるのだ
そうしてようやく 大切だった人たちの魂にふれる
許しを願うのだ それは魂 まさに 魂となり
彼らは僕の記憶の中に留まっているだけ


だからこそ 私は歌わなくてはいけない
だからこそ 私は声を出し 詩をつくり
歌を歌い続けなくてはいけない

願わくば 彼らの奴隷となって
彼らのくれたものを 忘れずに
彼らのいくつかでも伝え残したい


僕は詩人をやめ 詩を詠まず ただ 彼らの魂を祈る
そのために 声を出す 詩をつくる 歌を歌う
そして 詩人の魂は 今日も生きる
詩人たちの知らないところで

詩人でなかった人
詩人をやめた人
詩人と気づかない人
そんな人々の中で
詩人の魂は生き続ける
永く 永く いつの世も どこでも

 

Vol.14−2

31.心流れて

 

流れよ 流れよ 僕の心 君への愛

嵐の後 水は尾を引いて流れた

今まで築きあげた 何もかも

一瞬に流れてしまえ 何もかも

残さないように

 

一つの出会いが 一つの愛が不意に終った

この世に永遠というものはない

信じていた たった一つのものが

音もなく崩れた

 

心は洗われえぐられた

君はもう 僕の心の一部となっていたから

今は欠けた心で僕は君への思慕を忘れる

 

とても重い荷物を下ろしたようで

もっとも大切なものをなくしたようで

悲しいほどに笑いがとまらない

 

人間なんて 愛なんて 人生なんて

何もかも あまりにもろいものだ

 

信じていた たった一人の人が

音もなく 僕の心から 姿を消した

それは いつのことだったのだろう



32.女神の涙

 

美しくも気高き女神といっても

悲しいこともあれば 涙することもある

さりとて 女神は強がり

袖で一振り 悲しみを遠く放っちまう

 

あ~悲しきは 汝よ 女神

その強さが あなたの悲しみ

空色に砕けた涙は

地上に降り 虹色の花と散る

 

その香をかぎし 人間どもは

崇高な理想に恋こがれ

身に余る望みを持ち

汝 女神の姿を一目みたいと

 

さりとて女神は 雲の上

その気配とて 人間の鼻にゃ

かきわけられぬ

人間どもは 土を洗い落とした手で

天へ願う 我らの幸せを

 

さりとて女神は無力

誇り高い微笑で見つめているだけ

太陽は燦然と輝き 無情の土を乾かすとき

女神の目に涙の星



33.未完の物語

 

美麗しい女が 手にろうそくをもって

僕の前で 炎をつけるはずだった

それが 僕の体におさまりきれなかった

リンが宙を青白く 燃えてさまよい

通りがかりの女を連れてきた

この女ではない

けれど 僕はその女と暮らした

(未完)



34.この日 このとき

 

駆け抜けろ 駆け抜けろ

波のはざまを 海に打たれ

風に向かって 砂浜を

 

太陽が沈むまで

星がきらめくまで

残された時間を延ばしたいなら

手でもぎとっていけ

 

まだ明日がくるわけあるまい

もう昨日があったとは

過ぎたことは消えたこと

あるのは 今日 この日 このとき

 

もぎとった時間を投げつけろ

海じゃない 硬い砂にたたきつけろ

更かした分だけ 果汁が飛び散る

 

それを 噛みしめよ

苦味を かみ殺せ

そして 駆け抜けろ 駆け抜けろ

自らを砕き きしんだ肉から

真っ赤な血をはねあげろ

その血は 砂浜にくっきりと残り

やがて 海をまっかに染めるだろう



35.足

 

コンパスが長くなった

空間だけでなく

時間までも ひとまたぎ

うれしいような さびしいような



36.さすらい人

 

あなたの心はどこですか

 

追っても 追っても 追いつかない

恋に目隠しされた私は

両手を伸ばし

あなたを 追い求めるのです

 

走っても 走っても 果てのない

心を閉ざした あなたは

やさしさを枯らし

私の思いを 紙吹雪 舞うのです

 

愛しても 愛しても 報われない

それでも信じて 私は

あなたの心を 思い描き

祈りながら さすらうのです



37.世の中には

 

世の中には

この世のなかには

ただ いい人になろうと

生きている人がいる

 

私は そんなにめでたく

生まれていないから

他人(ひと)に安らぎを与えた夜に

一人になってから 目に一杯

涙をあふれさせる

 

悲しみ 苦しみ 身に余るほど

背負ってしまうときもあるだろう

 

それでも 自分の心を引き締め

ただ ただ  いい人になろうと

生きている人がいる



38.立つと

 

街がにじむ

 

立つと

首うなだれ

肩にぶらさがる手

足はがくがく

 

胃に唾液おち

涸れたのど

くぼんだ目に

街がにじむ

 

言葉知らず

大地に立つと

街がにじむ



39.ALARM CLOOK

 

貴方がぶっきらぼう

昨夜 頼むものだから

私は一睡もせず

あなたを起こした

 

それなのに 貴方は起きようともせず

私は困ってしまって

それでも起こし続けたら

貴方はすっかり怒って

私をたたきつけた

 

私は泣くにも泣けず

じっとしていた

でも 着替え終わった貴方は

やさしく私をいたわってくれた



40.花の伝説

 

少女は待っていた 窓のカーテンを

ほんの少しあけ 通りを眺めていた

 

少女は信じていた ただ一人の男が現れるのを

少女の愛はあまりに強かった まだ見ぬ人を

おそらくは出会えた後よりも深く愛した

 

恋に恋した少女に 一人の男も見えなかった

少女は自分の愛の完璧さをもって男を見ていた

 

そうして いつの日だったのか 春の花盛り

乙女となりし 少女は 自らの内に燃え上がる

恋の炎の熱さに燃え尽き

花の香となって 野原一面に立ち込めた

 

生まれて始めての花の香に

天使がささやいた

赤子は信じた その純なる魂に

理想の人の出現を

 

世を知らずして 恋のとりことなった幼子は

あどけない笑顔で 大人たちを誘惑した

その恐ろしき魔性の魅力に 知らぬうちに

人々の愛は吸い取られてしまうのだった

 

幼女が始めて覚えたのは愛の言葉であった

美しすぎる その茶目気に

誰かも 幼女の言いなりになった

かまってやっているつもりの人は

魂を抜かれたかのように

理性を失って遠くに逝ってしまった



41.散歩

 

僕はいたずらに 言葉を放り投げる

何かに当たって 跳ね返ってこないかと

はっきりとした手ごたえを 体いっぱいに

受け止められないかと

 

春の日のものうさの中に

詩人たちは 散歩する

土手の上 レンゲもナズナ

枯れはてて 青茶色のどぶは滞っている

 

いったい自分の踏んでいるのが

何なのか 足は宙に浮き

手はぶらさがって 頭が先に 先に

何ものかに追い立てられている

 

重いまぶたに むずがゆい頬

裏返った目は 光を殺し

焦点などない

正直になったのは諦念のせい

 

同じように道行く人に あいさつはいらない

地球がまわっている

自分の体で感じられぬ 事実ばかりが

僕をからかう 原始の火の戯れより たちわるく

僕も踊らされている



42.自失

 

ある日 わずらわしい犬どもから逃れようと

駆けまわっているうちに 落とし穴にはまったら

底がなかった ずっとずっと 落ちていった

 

そして全く見知らぬ世界に 僕は現れた

今までの世界から 僕は消えた

僕は義理によって 主役のいない

葬式で簡単に書類上で抹消された

 

僕という人間は消滅した

ハエが一匹 死ぬほどの注意もひかなかった

 

そして僕は全く新しき人間としてそこに現れた

僕に過去はなく 僕を決定づけるすべては

自分の手に握られていた

 

しかし 僕は存在しているのに

それを認められなかった

名前も何もかも すべて僕が一人決めた

僕は自分の存在を 訴え続けなければならなかった

 

顔なじみができ 行き場もできた

そこで僕は わずらわしい犬どもに

いつの間にか 追い越された自分を見た

 

僕は何一つ 自分で創りだせなかった

そして いつの間にか 自分さえ失ってしまった



43.砂場

 

いつかしら 僕の心のそばを行き交う

女の子を見つけたのは

そして いつかしら その女の子が

僕の心の中に入ってきたのは

 

僕の心の中に住みついた女の子

物かげに隠れて こっそりと

こちらを見ていたけれど

僕は少しずつ 自分の心の場所をゆずっていった

 

僕の場所はせまくなり

その子といる場所が

そして その子だけの場所が広がっていった

 

いつかしら 僕の場所は全くなくなった

その子に 占領されてしまったのだ

その子は 僕を追い出した

それさえ 僕は気づかなかった

 

僕はいつも その子といっしょにいる

つもりだったのに

 

いつかしら そこに誰もいないのに

気づいて 戻ってきたのは

その子は どこにもいなかった

めちゃくちゃにバラけてしまった 僕の心

 

僕はようやく一人で 整理しはじめた

いつかしら その子が帰ってくることも

あると夢見ながら

 

僕はいつも その子といっしょにいる

つもりだったのに



Vol.15

詩Vol.15



1.路地とコインと救世使

 

少女から女性になろうとしている子が

すすり泣いているのは 夜の路地です

下宿から吐き出されたのを

両手を上に伸ばして歩いてきた

救世使が気づきました

 

彼の右のポケットにコインが3枚入っています

一枚はちょうど横の自動販売機に搾取されました

ガタンと音がしたとき 少女は一瞬 泣きやみました

 

救世使はジュースを一気に飲み干しました

その子は 膝を抱えて

声を押し殺して泣いています

二枚目が自動販売機に搾取されたとき

少女は顔さえ上げませんでした

 

彼の胃に毒物が落ちていきます

その子は泣きやみません

三枚目を右から左のポケットに移し変え

救世使はその場を立ちました

 

その子はまだ泣いています

救世使のポケットには使わなかった

コインが一枚 入っています

でも そうであろうと なかろうと

朝となり 泣き明かしたその子は消え

いつものように そこは

人ごみにごった返す路地となるのです



2.二十歳の誕生日

 

泥白色の空

街燈の列 列 列

ポリバケツのフタ 転げた

 

湿ったアスファルト

澱んだ空気

地下鉄工事の音

 

美しきバラード

オレンジジュース

口に含んでは吐き出し

胃が脳みそをぐしょぐしょにし

 

歩いているのは 僕の下半身

よろめいているのは 僕の上半身

 

こんなになっても

僕は王者にはなれないのだ

しがない街の一隅に

ヘドを吐いている

誕生日 僕の二十歳が過ぎていく

 

空っぽの缶

飲んだ覚えもなく

空っぽだ

 

カラリン カラリン カランコロン

蹴られちまった缶カラ

錆びつき 朽ちるまで

僕は どれだけ生きるのだろう



3.札

 

札が後方に飛び去った

もう 永久に手にできぬ

その札をやむなく受け取ったとき

僕は生を選んだのか

いや いつの間にか それは

ポケットに入っていたのだ

 

その札に僕を彫りつけぬうち

愛おしさも汗も手垢もつかぬうち

奪われたのだ

 

使い果たしたからだとよ

見てよ まだ新品同様だったじゃないか

ー使用期限二十年間が切れた

 

悲しき罪の象徴 思い浮かぶ風景

美の冷ややかさ 時のうつろひ

感慨失せ 感覚麻痺

成人の札をよこしやがれ!!

いつしか またポケットに入っている

 

ところで神よ

この新たな札

あんまりじゃないか

 

二十よりあと (有効期限不明 途中下車無効)

弱き者は 軌跡に寝ころんで

もう夢を見ている

目ざめるのはきっと

死ぬときだろうよ



4.釣り

 

私は海の辛さと水圧を絶えず

全身に感じ 周遊していた

広い海 同じところは 二度と通れぬ

常に未知と危険に満ち足りた日々だった

 

ある日 えさをつけた釣り糸が

私を誘いにきた

水の上に出てみないかと

空はもっと広い

鳥のように 飛んでみないかと

 

私は初めて飛んだ 宙に舞った

太陽に体が 虹色に光り

水しぶきをあげ その至福をかみしめた

その直後 私の体はがんじがらめにされた

 

そして今 私は釣り竿を垂れている

時はあのときから流れはじめた

私はひたすら 魚のかかるのを

竿に任せて 太陽が半円を描くのを

寝転がって見ている

 

こんなに暑いのに

私は泳げないから

そうしているしかない



5.夢

 

原爆の落ちた日は 熱かった

暑い日に 落とされた

 

生まれるまえのことは すべて神話

幼き頃のことは すべて童話

少年の頃のことは すべて漫画

 

そして今 私は新聞に載っている

 

夢にびっくりして起こされたとき

夢を見ようとして祈って寝たとき

夢は現実の世界で行為していた

 

ところが夢を歩きだそうとしたら

夢はまさに夢のように

とりとめなくなっちまった

なんせしっぽがない

 

つかまえ切れないうちに

夜毎の夢の地図も狭くなった

果たしてこんなんで

夢の名に値いするのか



6.武具

 

僕の強さは 鎧と兜だった

それは貴方が丹念につくったものだった

百戦百勝した武将の心中を誰が察したか

 

己だけが知っている真実

か弱き女子の手で できたもの

それが昨日までの僕だった

今は敗者 価値あるものはすべて

貴方とともに消えた



7.粉雪

 

地に届かぬうちに 消えてしまう粉雪が好きです

なんだか とても 薄命の

悲しみは 夕焼けの色に けぶる稲わら

青紫のうす揺らいだ煙

汽笛は 共鳴した 眉間の奥深くに



8.じっと

 

愛と 気やすく呼ばないで

恋と そんな浮ついたものでないの

真心こめて じっと見つめていてよ



9.海

 

なぜってわからない

ただ 無性に海が見たかった

だから走った 走り続けた

海は 黙っているだろう

でも 教えてくれるだろう

愛を求めないだろう

でも 愛してくれるだろう

 

海は黙っていた

それだけだった

それでよかった



10.ビラ

 

雨の日なのに 世界平和を唱え

ビラをまいている人がいて

 

雨の日だから 無関心に

無視する人がいて

 

雨の日であろうとなかろうと

投げ捨てられたビラを

拾っている人がいる

 

僕は世界平和を唱え

そのビラを踏みつける



11.まだだ

 

疲れちまったと

いってしまえば おしまいだ

生きてゆくことは

ほんとうであるほどに

疲れることだが

その疲れを感じないように

疲れていたいと願う

 

体がへとへとであっても

精神がくたばりそうでも

何かがあると

だから 生きる

生きていられるし

生きねばならない

 

疲れちまったと

ことばに出すのは たやすいし

情けない顔をすると

自己満足を得られるかもしれないね

 

けれど 自分の中にも

そんな弱いものじゃないものが ありそうな

 

心の炎をいつしれず 冷やさぬよう

そんなことばが 出そうになったら

吹っ切ってしまおう

まだ まだだって いっているよ



12.呼び出し音

 

この電話の向こう側で

呼び出し音が

果てしなく続いている

 

僕の思いは

あなたのすぐ手元まで

いっているはずなのに

 

あなたには 届かない

あなたの心は 受け付けない

 

僕はことばにならない

想いを込めたベルを

そっと切る



13.「9」

 

悲しみは 寝起きの気まぐれ

体の奥深く ひそんでいるのは

太古より継がれてきた

肉体の必然か

 

理由も原因も 探すに程遠い

そこまで行くのに 誰もが疲れ

癒される術もない 悲しみを深める

 

ときおり 働く知性

悲しみを癒そうとして

自ら働く こいつが

偽のヴェールをかぶっている

 

要するに 幾何学的 問題だ

コンパスと定規で

きっちり9で割り切れる直径の

円をありうる限り 書き続けよう

 

そのうち それが無数にあることが

わかって 悲しみも

また9で割り切れることがわかったら

気の病いは 9分通り 治るだろう

 

あとの1分 それは最初から

最後までずっとあるものさ



14.反逆

 

とうとうと河の流れのごとく

なりなされ それが無理なら

流れに身を任せなされ

心静かに 仮の世に

慈悲の宿りをしなされと

 

神の悟しも 仏の教えも

わかっているし

そうしたいのは やまやまだけど

人間として生まれたからには

彼らに近づきたくはあれども

人間として生まれたから

よいところの悪いところや

悪いところのよいところも

ばかげたこととの思いになろうと

人間らしく 生きていきたい

 

わがままな情熱

せこましい一念を通すため

人間としての世界で

この世だけ この生だけ

あつかましく 執拗に生きていく



15.若さ

 

若いといわれるが

そう 事実 若いのだ

そういうことだ

それを道を知りながら 歩めぬのが

極悪な人間というものだ



16.ある夏の日々

 

海は夏だった

白く青く くもくも

青く白く もくもく

 

太陽が大洋に眠たいよう

 

浜は夏だった

人はまばらに ばらばら

波は幾腹と なみなみ

 

静かだったけど

動いていた

何もかもが



17.啓示

 

ミューズは気まぐれ

とろりとろりと眠っていては

呼びかける 寝ぼけまなこに

天の啓示と 謹聴しても

それらしきことは ありゃしないさ



18.ある夏の宵

 

夜は更けゆく

雨滴は時をうがち

眠れぬいらだち

夢が誘う

 

悲しき今宵

冷えた体

乾いた口唇

序曲の始まり

 

手を伸ばし

足を伸ばし

まるめたシーツを蹴り

汚れた枕を投げやる



19.土の上

 

海は俺のもの

だけど 泳げない

空は俺のもの

だけど 飛べない

 

今は だから

俺は 土の上で

ひたすら生きる

永遠のあこがれ

かいま見ながら



20.魂

 

魂が燃えるかぎり

煙はのぼり すすは舞う

雑多な俺の魂は

無限の彩りに

小躍りして喜ぶ



21.風船

 

大きな風船 小さな風船

赤い風船 青い風船

色とりどりの風船

 

僕は それを両手で

からめとって

大空に羽ばたくことを夢みて

 

たとえ 太陽の熱で焼けて

まっさかさまに落ちてもよい

空さえ飛べたら

ひたすらに 地球を

我がものにしたい

気持ちだった



22.夕暮れ

 

夕暮れの公園のかごの中で

一人揺られていた

語りかける その人は

一緒に揺られていた

 

自分の心を洗いざらいに

打ち明けて その人の

ことばを聞いていた

 

風の音に

キィーキィーと揺れる

さびしき夕暮れ

思い出を語り

未来を夢み

今を生きる

 

語り尽きたころ

僕は君の視線を強く感じる

 

子供たちが駆け寄ってくる

騒ぎながら

さあ 降りるときがきた

僕は公園を去り 坂道を下る

 

かごに揺られる

子供たちの声に送られて



23.誤算

 

時の軌道に乗り遅れた少年は

大人になりそこねた

積まれてゆく齢のそばで

ただ虚ろに空を見ている

 

俺はどうしても乗れなかった

乗る権利は放棄され

少年は取り残された

俺はそれを選んだのだ

 

されど 少年という名のまま

俺は老いゆき

おちぶれ果て 問うのだ

間違っていたのは

俺だったのか

 

沈黙の中 人々が行きすぎる

その顔は無表情に疲れている

だけど それを眺める俺の顔に

生気はない こんなに早く

くたばるとは思っちゃいなかった

若さまかせの誤算だった



24.海外線の砂上

 

何に僕はこんなに疲れているのだろう

三歩歩きゃ 食って寝て

この上ないほど いい身分

 

僕の上には 空がある

果てしない 空がある

 

雨が上がって 虹が出る

何千の彩りの 虹が出る

 

ぬれそぼれて 僕がいる

海岸線の砂上に 僕がいる

 

地平線は水平線

虹の架け橋

僕は波際を

どこまで駆けられるだろうか

Vol.14−1

詩Vol.14



1.瞳に写らない!

 

目が口ほどにものをいうなら

なぜあなたはわかってくれない

 

僕が穴のあくほど 君を見ても

あなたの瞳に 僕はゆれて 定まらない

 

この僕の目は偽りなのか ガラス玉か

そうなら うれしいけど

 

あなたの瞳にあふれた涙が 僕をぬぐいさる

そして あなたは瞳を閉じる

 

わかっているのです

わかっているのです

 

これだけはどうしようもない

キューピットの未熟な腕前を呪うだけ



2.お迎え ☆

 

母が迎えに来

父が迎えに来

友人が迎えに来

恋人が迎えに来

僕は人生を案内された

 

あれこれ半ば近くにきたのだろうか

なんだか先が見えちまって

僕は座り込んだ

 

父が去りゆき

母が去りゆき

友人が去りゆき

恋人が去りゆき

 

僕はようやく 一人になれた

ずいぶんきて 戻りようなく

僕は天を仰いだ

 

そうだ! 迎えに行こう

 

太陽はカンカンになり

月はシーンとし

空は青ざめ

星はまばたきし

 

そうしているうちに

死神が迎えに来た



3.イスとりゲーム ☆

 

最初 イスをとれなかったら

円の外に出て 

見ていなければいけません

そのあとのゲームは 

最後まで

自分のいないところで

まわっていく

 

疎外されてゆく

仲間が増えていく

他人のなりゆきに

目を注ぐだけ

 

一人落ち 二人落ち

それを喜ぶよ 僕たちは

 

とられちまったのでも

とれなかったのでもない

 

とらなかった人は

いったい そこに最初から

そう生まれついていたのだろうか

 

イスをそろえるための数として

数えられ しかも 自分のイスは

最初から用意されなかった

 

座ったものは

一瞬の勝利を味わう

間もなく

またそこを追われ まわりだす

 

音楽が始まり 突然に止む

それに支配されている 人間たち

それを知りつつも 興じることで

人間的に生きる 悲しき性

 

自分を最後まで 見つけられずに

駆けまわり続ける 勝者たち

最後にイスをとれたとしても

それは自分のものじゃない



4.屋根裏部屋

 

屋根裏部屋でのまどろみは

からっぽの酒瓶 欠けた茶碗

ホコリをたてて ころげていきます

 

大きく深呼吸すると 満ち足りた心

どこかでみた 面影をかすめて

どこまでいくんでしょうか

 

あらら・・・転げているのは

黄色い帽子 バチ

木琴 運動会の赤いタスキ

 

吹かれちまって 吹かれちまって

空へ上がっていくのは 何でしょうね

太陽がまぶしくなかったんでしょうか

 

昼寝を抜け出して

駆けまわりたかったんで

雨の日が 嫌で嫌で

びしょぬれになりたかったんで

水溜りでは まぎれもなく

王者だった人です

 

吹かれちまって 吹かれちまって

空へ上がっていくのは 何でしょうね



5.冬の歴史

 

薪が燃え尽きてしまうのを 見たくなかった

僕は家を後にした

雪に閉ざされた径を この両足で

切り開いていく

 

森林を切り倒してきた人間は

愚かにも ガラス張りでコンクリート

何の役にも立たぬ

ブロック林をつくりあげた

 

野獣を飼いならせなかった人間は

それを殺し ペットを育てあげた



6.君の名

 

ああ 祈りにも似て 君の名を

昼夜 幾度となく唱えた 苦しき

月日は去り 願いのごとく

君を忘れられしは 今

 

人はこれを成長というか

否 平穏なる余生

我が情熱 燃えざる日は疎ましや

 

かつて君を思うて 明け暮れたもう

あのころの我が情熱を 懐かしく思う

我 今だ 二十歳なり

 

人生 花開きゆく 若さなり

されど精神 すでに甚だ老い

大切なものを 忘れ去りゆく

 

早や余生のごとく あの日々を思うだけ

君 もう 我が胸に 帰らずや

我 もう 我が心を 離れずや

 

いとおしい人 今はその名も呼ばず



7.カナリア

 

我が内なる 恋というものやらが

貴方に歩みよって

長話をしていたのかと思っていたら

飛んだ思い違い

 

貴方の外なる恋という魔物が

僕に歩みよって 軽口を叩いていった

 

僕はあなたの歌を忘れたのでなく

あなたへの言葉の一つが歌だった

歌えないカナリアは死んだ方が幸せだろう

だから 僕は生きているのだ



8.愛の死

 

一人の女性の中に 生きていた頃

僕は満たされぬ思いで

二人分の荷物をしょっていた

貴方は知らぬ 単なる僕の独りよがり

 

その僕を支えたのは 報われるという思いでなく

貴方がこの世に生きているという

ただ 偶然の存在への感謝であった

 

貴方は絶対であった

唯一かけがえのない 存在であった

そして 僕の愛も同様だった

 

貴方が去ったのは あまりにしぜんだったから

僕は ただ笑っていた

しかし 愛が去った これは許せぬことだった

僕が死んだに等しいのだから



9.コイン

 

はじけたコインが舞うのを追っていた

貴方の瞳は 僕のこぶしの上にのったか

勝負はつかなかった

コインは床を転がり 視界から消えた

 

貴方は去っていった

それは理解の終焉

 

パイプの煙が青白く 貴方のいた空間を埋め

時の向こうに薄れていく

すべてが燃え尽きたが

鼻につく匂いはなかなか消えなかった

 

それからの僕は貴方の魂を見つめることで

天と地の間にぶら下がっている



10.花

 

美しく咲いた花は

よそ目にみていればよいのか

摘み取ってしまえばよいのか

 

飾られた花は 美として 存在する

美を失せるやいなや 枯れ朽ちるけど

ただ 咲いた花も 美として 存在する

遠目にときたま見るだけだから



11.日の出

 

夜の裾を照れがちに

顔を洗ったばかりの

太陽がめくって

今日が始まる



12.女と少女

 

彼女は女だった

それが誤解の始まり

一見しなやかな身体に

ひきしまった強さがあるのは

少女の誇りだったか

今は知る由もない



13.賭け

 

ダイヤのセブンの上に

今まで生きてきた年月を賭け

カードを引いた

 

五十二分の一 何という確率か

一枚! 僕の過去は投げ出された

テーブルの上に 悪魔と天使が

品を定め始めた

 

素裸の僕は気恥ずかしい思いで

見つめていた 僕の過去

 

こうなってみりゃ どれもこれも

手放すにあまりにもったいないけど

僕は今日から身軽に生きるのだ

 

それが望みだったのではないか

僕を今まで縛ってきたものすべてが

もう消えうせる

 

僕はどうなるのだろう

賭けの成立した時点で 時間はとぎれた

僕はすでに新たなる生を生きている

 

天使が席を立った

「ろくなものはない」

そりゃそうだ 僕の過去など

腐った悪業だらけ

メッキのはげた くず鉄さ

 

僕は僕の戻ってきた過去をいとおしん

悪魔が言った

「今度は君の未来を賭けないかね」



14.飛べ

 

なんて美しいんだ 君は

若さにあふれて

花の間を舞っている

青い空を我がもの顔に

 

羽を休めるでないよ

土のあたたかさに

懐かしみを覚えても

過去に戻るな

飛んでいればいいんだ

 

高く 高く

雲の合間を 君は飛ぶ

飛ぶために生まれてきたのさ

 

若さの尽きるまで

羽ばたき続けるのさ

不安と迷いの中

孤独な飛翔をー

 

羽を休めるでないよ

雨も風も君のために

君に力を与える

日は輝いている

どんなときでも

君が飛んでいるときなら

 

空は広いさ 君がきわめられぬほど

そんなすばらしくも 大きな世界に

君は遠慮なく 羽ばたけばよい

君が恐れるのは 君の甘えだけ

 

高く 高く 大きく 大きく

飛べ!舞え!うたえ!



15.遠い日々

 

僕は歌う 君に語りかける

愛を夢を情熱を

 

同じ星の下に生まれながら

城の中に閉じこもった姫のように

誰の目も避け 人をも愛さず

思うがままに 生きてきた君に

 

書きっぱなしの日記帳

開いてみれば 遠い日々が蘇る

 

あなたがいて 僕がいて

何もなくて すべてがあった

言葉のない詩が 二人の間を奏で

打算のない夢が行き交った

驚くほどの情熱家だった僕

 

それを受けとるのに あまりに幼かった君

時を待てなかった若さが 二人を隔てた

 

捨て切れなかった手紙

忘れ切れなかった 君

今は遠い日々

 

あなたがいなくなって 僕も去り

何でもあるけど すべてはない

もう それほど若くない と思うと

たまらず さびしくなる



16.決意

 

僕はもはや 悩むまい 逃げまい 振り向くまい

どんなに苦しみを早く乗り越えようと考えたって

何もならないなら一層 その苦しみの中に

どっぷりつかって いつまでも のたれまわってやろう

 

人生 たかだか数十年 若さを失いたくなければ

苦しみを逃れようとするな

その中にいるかぎり 僕らは確実に伸び

確実に生きているのだから

 

希望ばかりが高く そこに到達する歩みを忘れるな

星は輝いている それは 自分のためじゃないけど

星の光は何年とかかって我々に届く

星に辿りつけるのは それだけ歩んだ者だけ

でも 誰にでも機会は与えられている

自分で捨てないかぎり

 

素質とか 才能とか 口にするな

すべては努力が決める

早く咲けばよいというものでない

大きく咲くこと だからこそ 辛抱すること

 

ならば今日からは 明るく生きよう

何ともないふりをして 苦しみをかみしめ

表情で弁護するな 陰で苦しめ

他人には他人の生き方がある

僕は僕自身が最高と思う生き方をする

それだけだ

 

今夜はもう休もう 明日のために



17.鬼ごっこ

 

ただ 林を吹きすさび 風の奏でる音色に

耳を傾け ぽっかり広がった空を見ていよう

 

君はいつも無表情だけね

冷ややかな美しさが 僕を捉える

愛想よくなんか する必要などない

心のままにすましていればいい

そういう人だ あなたは

 

あなたを理解するのに 費やした年月が

僕のすべてだった

 

そして 何もかもわかり始めたとき

そのことが あなたを去らせた

せめてもの慰めは 僕がわからぬうちに

あなたが去ったこと 

でも僕は苦しんだ

 

海岸線をあなたは逃げ 僕は追い駆ける

決して捕えやしない 暗黙の約束

あなたが疲れて休んでいる間も

僕は無駄に走りまわった

 

そして 僕が疲れ動けなくなると

あなたは近寄ってくるのだった

限りのない 鬼ごっこ



18.不毛

 

僕らはお互いに知っていた

愛情や情けがどんなに不純であるか

お互いを尊重することは

自分を強くするから 

交えた剣が命取り

戦いは人間をつくり 

愛を壊した

踏み荒らした 

不毛の地で

僕らは花を

咲かせようと

祈った 

だけだった



19.唄うたい

 

すてきな人に出会った ひと目で見抜けなかった

そのやさしさ 僕の罪 誰にだって好みはあるもんだ

それを超えられぬ若さの悲しみ

 

あなたの優しさ 年月が僕に語りかける

人として生まれてきて 人として生きる

生きることの難しさに 気づいても

人として 生きられぬわけじゃない

 

愛は一時のすきまもなく ささやき続ける

それしか知らぬ 僕は気づかなかった

悲しくうちしおかれたときに

あたたかく包んでくれる人がいることを

 

ただ その人がそこにいるだけで

その人が この世に生きているだけで

どれほどの支えになっていただろう

それを気づかせぬほどの大きな存在

 

あなたは今も唱っているのでしょうか

決して大きくはない 自分の世界

それを分かちあって

あなたはますます 大きくなっていく

 

あなたが語りかけるのは 黙っているとき

あなたが聞いてくれるのは さりげない一言

あなたが冷めているのは 内に秘めたあまりの情熱

あなたが夢みるのは 澄んだ瞳を休めるため

あなたが生きているのは 



20.愚痴

 

そうですか まだ若いのですか

僕ですか? とっくの昔に死んだはずですよ

二十歳ですよ もう生きすぎましたよ

無邪気な十年のあとに

無意味な十年はいらなかったのです

 

何もかも 知っちまいましたよ

知は美を壊すのですね

東京の空は晴れていますよ

昔と同じようにね

 

さよならで陽が暮れる

影法師が細い道を歩いて帰る

僕が夢みるのは いつも陽の落ちるとき

空が赤く泣きはらしているときー

 

夢は帰らないのですよ

あの夜空の向こうに 明日はもうないのですよ

 

悲しさも尽きましたよ

涙なんて甘いものですよ

 

人間はなぜ疲れるのでしょうね

くだらないことばかり背負いこんで

いっそ くたばっちまえばいいのに

その割には タフなのですから

 

今はもう さよならを言う人も

いなくなってしまいましたよ

若さなんて 弱いものですね

それだけに支えられてきている

人間ってどうなるんでしょうね

 

そうですよ まだ若いんですよ 僕は

まだ生きていますよ 二十歳ですよ

もう少し生きますよ

幸せすぎた 二十年の余韻としてでなくー

生きられない人の分だけでも

少しはしっかりとね



21.希望をもって

 

希望をもって 生きろですって

なんて辛いお言葉 なまじ希望があるからに

陽の陰った日には どうしようもなく暗くなる

それが人生と申される

 

小さな渦を巻きながら 流れる大河に

人間は なんて滑稽に もがいているのでしょう

当人が真剣であるほどに 辛く苦しいのです

 

そんな試練が必要だと思ってみても

闇の中の迷い子ー 若さが

失われていく音が 静かに響きゆく

 

どこへ どこへゆく

我は語りかける 汝はこたえず

汝は知っていよう 我は知らず

誰も知りやしない 我のみが知る

 

知ってどうなる 知ったら終わりだ

あくなき問いは絶えず

一つの答えも返らず

 

希望をもって生きるですって

なんておもしろいお言葉



22.君は笑った

 

君は笑った 君は笑った

僕の涙を 僕の命を

大人になりゆくことは

男と女の運命は 去りゆくことだと

 

君は笑った 君は笑った

強いて無邪気を装って

笑えない僕の分まで

まだ若いんだ 人生はこれからだと

 

君は笑った 君は笑った

そうすることだけが 圧迫する

沈黙の 悲しい調べを

わずかでもはねのけられると

 

君は笑った 君は笑った

無音で空を赤めている

僕のそばで思い直しては

手に力をこめて

 

君は笑った 君は笑った

こんなこと 私たちには初めてだけど

これからは よくあることなのよと

君の瞳は 潤んでいた



23.春眠

 

春が来まして

すんでのとこで

貴方を忘れるとこでした

 

勉強すると眠くなるのはー

人の体がそれに適していないから

眠いときには眠らねばー

されど教師は怒る

 

僕の責任?

いや 教師の責任

一人のときは

僕の責任?

いや 春風の責任



24.生きる

 

悲しいとき 夢は去り 心は落ち込む

楽しい夢を追いかけ 気持ちを紛らすことの

できないときは 自らの心を慰めて

何もかも忘れてしまいたい

 

それもできないときは のどから手をいれ

すっかり縮んだ心を取り出し

きれいに洗ってしまえばよい

 

悲しいことのあるほどに 心は大きく

人間は深くなる 幸いなるかな

豊かな滋養を受けし人は

 

悲しいときは やはり悲しいもの

身も心も すっかり灰色にくもり

血も青くなってしまう

そんなときは 安らかなる眠りも

おいしい食卓もおあずけとなる

 

夢を追う若さだけが 唯一の支え

それがなくなったら 悲しくならないように

生きるしかないのかしら

 

進んでいるのか 退いているのか

自らの足取りさえも分からず

目的地もうつろとなり

何もかも間違っていたような気がしてくる

 

それでも 生きていることはわかる

生きていれば 必ずよいこともあろう

生きるしかないのだから

生きるしかない

生きるしか

生きる



25.愛の剣

 

君を愛す それは神の気まぐれだった

何らかの運命の糸が続いていて 僕らが

この世で出会ったなら その糸を切ったのは誰だ

 

僕らは情熱の刃石で 愛を研ぎあげた

諸刃の剣 そのつかを二人でしかと握って

僕らの愛を妨げるものは片端から 切り裂いた

 

今や 僕らは自由だった

見渡す限り 草木一本

僕らの目を奪うものはない

残ったのは 砂漠だった

 

僕らは互いを見つめあうばかりだった

ただ一つ 邪魔になったのは 諸刃の剣だった

それを捨てる場所はなかった

極限まで磨き上げられたその剣を見るたびに

僕らは不安になった

 

それを二人で砂に深く突き刺し

その場を離れると剣は わずかの間に

輝きを失い 朽ち果てた

 

君は一言残して 去っていった

あの剣は 互いの胸を突き放してしまうために

あったのでしょうね



26.スポットライト

 

僕は太陽に呼びかける 太陽は神の代理

地上をくまなく照らし 普遍の愛を与える

太陽よ 僕にこたえてくれ 僕だけを

わずかでもよい 照らしてくれ

 

太陽はあまりに偉大だから

ちっぽけな人間たちは 透けて見える

だから 僕は丘に登ろうとした

地上で一番高いところに登ろうとした

 

必死の努力で 太陽の視線をものにしようと

その温かな愛を一人占めしようとした

多くの冒険者は 徐々に限界を感じ

あるいは考えを変え 脱落していた

 

僕は太陽の熱が欲しかった

それで焼かれ死す

人間の栄光を手にしたかった

仲間は次々に倒れていくが

僕は頑なに登った

 

しかし どうしたことだ

太陽は以前にもまして 知らぬ顔をしている

体は冷える一方 登りつめるほどに

呼吸まで困難になっていく

 

僕はとうとう一人になれた

喜びの中で 太陽の至福を受けようと

雲を抜けた

 

しかし そこに太陽はなかった

太陽は地平の果てで

街の人々の顔を 赤らかに照らしていた

 

僕は雪の上に倒れた

誰にもみとられず 冷たく冷え切った

小さな丘の上に



27.罠

 

悪魔は掘った落とし穴のそばで

ずいぶん長い間 頬づえをついて待っていた

神は その粗雑な罠のそばを

微笑んで 行き来した

 

いつの間にか そこに道ができた

大半の人間どもは そこを通った

神の好むような人間は 最初からこの道を避けたので

落ちることはなかった

 

神の意志と悪魔の誘惑に

ふたまたをかけている人間がいた

神は自らの側へと 彼に手をさしのべてはいたので

悪魔は乗り気でなかった

 

その人間は世界を我がものにしようと

善の意志に加え 人間らしき欲望に純粋だった

 

悪魔は 神の手にある希望の灯をねつ造し

若者にちらつかせた

若者はその灯に導かれ

その道をたどっていった

 

神は忠告した それは真の道ではないと

しかし 若者は自己の力を過信していた

必ずや 願望がかなうと

 

若者はただ その灯だけを頼りに歩いていた

そして 若者が唯一の特権である若さを

手放したときだった

悪魔は灯を消した

 

導かれるものは 落とし穴へ転落していった



28.うつろい

 

愛はうつろうもの

広い海ですれ違う 二羽の渡り鳥

君は白鳥 僕はつばめ

嵐の夜 別世界の二人が

 

神のなすところによって

めぐり会った そこまではよかった

 

ところが お互いの世界で

それぞれの分というものを

忘れちまったものだから

すべてがおかしくなっちまった

 

いくら相手を恋しても その人に

なりきろうとすると 自分が壊れるもの

壊れ消えちまったら

どれほどにも 相手を愛せても

愛されるべき 当の自分がいない

 

僕の魂は いつの間にか

あなたの心に吸いとられ

もくずとなった僕の体は

知らぬ間に 吹き飛ばされていた

 

あなたの心で燃え尽きた僕は

もう我が身に甘んじようと

あなたに別れを告げた

されど 僕の魂に帰るところはない

 

体はほろび 悪しきは我身か君か

すべもなく 空は暮れゆく



29.真夏のラブストーリー

 

今 書き終えた一通の手紙

明日 僕の指に固く結んで

すべてが終わる

 

あたかも 僕らの愛が始まったときと同じ

頃は七月 真夏の太陽の季節

熱く 浜を蹴って

永遠の海に飛び込んだ

 

僕らは 沈む太陽を追いかけた

もっと熱く もっと熱く

僕らは燃え続けたかった

 

君の笑顔は波しぶきにはじけ

その声は 青空の天井に響きわたった

僕らは誓った どこまでも太陽を

追いかけていこうと・・・

 

無謀なのはわかっていた

永遠と泳ぎ続けられるはずはない

でも僕は 自信があった

君といれば どんなことでもできると信じていた

 

疲れ果てて 僕らは波の間に漂っていた

太陽は海のかなたに沈んだ

いつ知れず 君の顔も波間に消えた

僕は星まで飛びたかった 君をひっぱって

でも どっぷり浸かっている

 

海にあまりに暗く 重かった

君と二人 飛び込んだ海

太陽は消え 僕らは飲み込まれた



30.子猫

 

一人ぼっちで 僕の部屋に

ひょんなことから迷い込んだ

小さな子猫ちゃん

 

大して邪魔にもならなかったから

軽い気持ちで おいてあげたのが間違いのもと

何を隠そう この子猫ちゃん

大のいたずら好き

 

僕の部屋は前にも増して めちゃくちゃ

とうとう 耐え切れずに

僕は 旅の支度を整えてやった

 

何を思ったか 子猫ちゃん

小さな鈴を一つ 僕に残して

意気悠々と旅だった

 

二、三日は 一息ついたはずの僕の心は

不思議なことに 気が重く 晴れない

ゴロリと寝ころんで 頭に浮かぶは

子猫ちゃん わずかな共同生活

楽しかったことばかり 去りてわかる人の情

 

うまくいかぬは世の常

手元に残った一つの鈴

後悔先にたたず 部屋のものすべては

いつの間にか 子猫ちゃんのもの

 

何を見ても 思い浮かぶは 子猫ちゃん

我ながら 呆れて あんな子猫に

時がうつろえばとは 思ってみても あとの祭り



Vol.13-1

詩Vol.13



1.平和という危機感

 

平和 それは恐ろしき退廃に向かっていく

すべてを緊張状態の均衡に

ぶらさがっていたときにはまだしも

精神の底からの

緊張のない平和な日々なぞ 続くはずがない

恐ろしい 何かが起こる

このままで済むはずがない

 

戦争に初めて破壊された国が

東洋の片隅にありました

その国民は 国をそんなにも

荒廃させてしまった

戦争の恐ろしさを痛感し

武器を捨てました

 

確かに 二度と負けることがないように

武力化し 再び争いに巻き込まれた

歴史上の国より はるかに賢明でした

 

世界の中でわずかに一国

理想を高く掲げた国が生まれたのです

まわりの国々が自らを守ろうと

がんばっているときに

グローバルに視野を広げて

たとえ 押しつけられた理想とはいえ

平和を愛そうとする国が現れたのです

 

それは不思議なことに

もっとも普遍性に富まぬ国でした

ときおり 極端に傾く危険をもった国でした

 

なるほど 平和主義は キリストも頭を下げる

理想であるのは 確かです

しかし あらゆる国は歴史から勉強しました

だから もっとも現実的な手段をとったのです

それは 平和は武力で守るしかないということ

 

その国は真理を悟りました

それはよかったのです

 

ただし まわりの国は その程度のことを

成し遂げるのに 毎年毎年

汗水たらして努力を続けています

 

それなのに その国は まるで理想が

現実に実現したように 何もしていないのです

そんなにたやすく うまくいってよいのでしょうか

たぶん昔も その国のような国がいくつかあったのでしょう

そして まもなく すべて滅びていったのでしょう



2.それは平和ボケさ

 

平和が理想とはどこの国でも知っているのです

世界が一体にならなければ それが実現せぬことも

そして 一体化しても

また同じような問題が生じることも

 

その国の住民は 島国の気質でした

自分の国で理想を現実と成しえたつもりで

この先もよしと思っているのです

 

力のない国が 最初に武器を捨てた

何もできようがないから 何もしないのでしょうか

 

猛獣をしつける努力もせず

ジャングルのまんなかで真っ裸で日光浴して

食べて太って昼寝をして まさに動物なみに生きている

 

日が傾きはじめれば 夜になる

至極 当然の報いを受けましょう

その際も平然としうるほど 高貴な国民なら

それほどすばらしいことはないかもしれません

 

理想を掲げるかぎり 武器を捨てた以上

その国のすべき努力は 並大抵のものではないはずです

 

この平和は退廃です

国亡の前兆です

現実に妥協しない以上

世界を逆流させるほどの

努力をしなければならぬはずです



この国が世界を引っ張る日を待ち望んで

新たな哲学をうちたてよう

すべてが思い過ごしであればよいのですが

私は武器はとらない

だから 努力する

 

忘れていることがある

何もかも この平和の中で

我々は知らずに甘受しているということ

何が平和を支えてきたかということを



3.ひねもす歩いて

 

眠れぬ夜が また明けて

重たい頭に 気だるい体

引きずって 僕は歩くのです

 

フラフラと息苦しく吐き気もするので

今にも気を失ってしまいそうですが

僕は歩くのです

 

何のために ですか わからないのですが

この世に生を受けてしまったので

やっぱり僕は歩くのです

 

空がどんなに明るくて

街がにぎわっていても

いいものは 僕の中に

入ってこないので

僕は歩くのです

 

誰かが声をかけてくれても

信号の目が赤らんでいても

車が止まらなくとも 僕は歩くのです

 

天気はとてもよいようで どうやらひどい

眠気がやっと僕を救ってくれそうで

これから何だか 公園のベンチです



4.ガラスの壁

 

いつか誰かに入られたのかしらない

あるいは 自分で入ったのかもしれない

 

僕らは ガラスのケースの中で

まるで太陽を浴び 大地に足をつけ

自然を呼吸しているかのように

外の景色を眺めていた

 

自ら ガラスを割らぬ限り

よほどの安全が保証されているから

いつでも 思うところに

いけると思っているだけだったから

 

ガラスのケースの中にすっぽり

入っていることなど

ちっとも気づかなかった

 

気づいたときは もう 力も何もない

やはり ガラスなどなかったと思って

開き直るのがよいだろう

 

自由を 大空に求めずに

手にした小鳥は 飛ぶことを忘れた

自由を 森に歌うこともなく

もはや 小鳥でなくなった

 

ケースから 落ちこぼれて 太陽にヤケドしたり

海におぼれたりしている 奴らをみて

僕らは ぎゅうぎゅうのケースに頭をくっつけて笑う

その僕らの頭は ガラスに押し付けられて

さぞや醜く 何とも哀れであろうに



5.業火

 

一つの愛がありました

それが いとキラやかに結晶して

愛は 閉じ込められてしまいました

 

それから 十数年たちました

その中に秘められた賜物は

消えてはいませんでした

 

くすぶり続けていた火は

いつも気まぐれな天使の流れ矢によって

やわらかな体を溶かし 燃え上がらせるのです

炎となって宙に舞い上がるのです

 

そして 運命のかなたに

手をつないでいる人のもとに馳せゆくのです

 

その行方を妨げるあらゆるものを

燃やすほど わがままで傲慢な炎が

その人の前にくると おとなしくなって

青く燃えるのです

 

芯から燃えて 慕いやつれ

それでも けっして

消えたりしないのです

永遠 それとも つかのま

何はともあれ 燃えるのです



6.涙の素

 

ねえ いたずら天使

このハケとビンをあげるから

街ゆく人の瞳を

ぬらしてごらん

 

悲しくなんかならないよ

これは涙なんかじゃないもの

きっと きっと 笑い出すよ

瞳をキラキラ輝かせて

 

ほら いたずら天使

皆いそがしくて

ちょっと目がくもっているだけさ

生きている人の瞳は

輝いているものだから

 

ねえ いたずら天使

街ゆく人の瞳を

ぬらしてごらん

 

そうしたら そうしたら

君は 恋しい天国を忘れられるよ



7.手紙

 

私が家から出ないのは

あなたの気まぐれが

配達されるのを待っているの

どうせと思いながらも

やっぱり期待しながら

 

あなたの手紙を読むとき

気持ちを抑えるの

答案を返してもらうときのように

期待しすぎて がっかりしないように

 

あなたの手紙を読み終えたとき

あなたが これを書くとき

私を思い浮かべてくれたことを

感じるだけで うれしくなるの

 

いつもながらのさりげなさが

いくぶん憎いけど

私を有頂天にさせるような文句に

胸を躍らせぬようにするの

 

あなたの冷たい思いやりを

知っているから



8.悲しみ

 

悲しみが私にうずく

すさんだ心を 吹きさらされぬように

コートの襟元をきつくつかんで歩く

 

悲しみは行き交う

帰り道 人もいないこの街に

誰もが私を見下げた

ふるさとの日のあたたかさを思う

 

悲しみに雪が降り積もる

悲しみは白く染まりゆく

白い悲しみの中に私がいる

悲しみは過去に染まり

明日を塗りつぶす

 

悲しみは たえて止むことなく

新たに降り積もる

重い体から肉をそぎ落とし

骨を抜き 天に召される日がくるとも

 

悲しみは心のたずなを

つかんで離さない

悲しみに 時は過ぎ去り

見送った悲しみに

今日 また 出会う

悲しみの色は

あまりに透き通った白



9.天佑

 

幼子がどんぐりを集めるように

私は言葉をひろう

 

幼子はその無垢ゆえに

集めたどんぐりを何に使おうなど

考えてはいまい

ただ どんぐりが落ちているから集める

 

私もまた 言葉のぎっしりつまった

箱に見向きもせず 木の下を歩き

歩いているうちに 手の中に

つんだ言葉を入れている

 

幼子は手に一杯のどんぐりに

喜びを顔色に示す

私は乏しい言葉に表し

切れぬ感情を手にあまし

悲しみを共にす

 

幼子の手のうちから どうしたはずみが

一個のどんぐりからこぼれる

あわてた幼子は手から

どんぐりをすべてこぼす

そして泣き出す

 

私のとりあわぬ感情と言葉が

どういったことか

結合する瞬間がくる

そのとき 私は悲しみから

一瞬の安らぎを得る

すべてを得て この天佑に感謝する



10.ある朝に

 

あさぼらけ

夜霧が私を目覚めさせた

涙はいつしれずと乾き 朝が来た

空はしだいに明るくなり

やがて あの荘厳なる太陽が上がるであろう

 

私は野道に倒れている

手のうちには いくらか土が握られている

 

夢は見なかったのだ

私はここで 一晩泣いていたのだ

体が切り裂けるほどの大声で

 

それを見かねた夜番の神だろうか

一時の睡魔を疲れに乗じさせた

 

しかし 忘却させるまで

面倒みはよくなかったらしい

 

私は悲しみを新たに胸にし

こみ上げるものを抑えている

 

あなたは白く透き通った天の羽衣をまとい

雲上へ逝き去った

この私をおいて

 

太陽は昇る そして

いつものように朝が来た

その偉大な日課をたたえつつ

悲しく胸を打たれることは

これもちっぽけな 日常茶飯事なのだ



11.冬

 

悲しみが舞い散ってしまったあとの枯れ木は

ひょうひょうと北風に身をならしている

 

恐ろしく純白の新たなる悲しみが降り積もる

なぜか うとまれた 我が身がきしむ冬



12.人生の河

 

新たに生なる者が浮かび

古き老い人が沈む

我らは流れる

時の間の光の中に

 

人生という河の

大きさを見極めた者はいず

我らはただ身をまかす

あまりに大きな河の

わずかな 時の間に

 

河よ 永遠にして不滅の運命に

我らを どこへ導こうとするのか

無数の渓谷から流れ出て

大海へと 向かう河よ

 

それとも 我らはすでに大いなる海の

流れに翻弄されているのか

天から降りてくる魂と天に昇る魂が

輝いているかの光よ

 

太陽よ

われらの河に

美しく映えるものよ

 

夢と希望の中に我らは流れる

何も知らぬまま

ただ河の流れに身をまかせ

我らは流れる



13.君の名

 

君の名を何度書いたことであろう

それが何にもならぬことを知りすぎていても

それをせずには耐えられなくて

ただ むやみやたらに その名を書いて

破って また書いて見つめて

 

思い浮かべ

愚かだからこそ

楽しく

惨めだからこそ

切ない

眠りを奪われた

夜の業

 

君の名を何度叫んだことであろう

その響きがあまりに耳ざわりがよく

その余韻があまりに自然に

わたしの心に欠けがえのないものとなって

ただ 重い胸の底をさらうように

その名を呼び 誰も聞く人もいず

ただ一人 聞いてもらいたい人は

はるかに遠く

 

夢にうなされては つぶやき

目覚めては まず 口もとに

浮かび上がる さしても

どうしたら よいことやら



14.夜の番人

 

背中に夜の重さを一身に負い

つぶされまいと あがいている

眠れるものか この憂愁

つかれちまった この重責

 

朝がくるのが これほど

遠いものなら いっそ

こなければ よい

そうすれば 僕は安らぐだろう

おだやかな眠りを 取り戻すだろう

 

空が明るくなり 日が昇るのを確かめ

人々の声が巷に聞こえると

僕はやっと落ち着く

確かに 今日がきたことと

自分が生きていることに ほっとする

 

安心すると 眠くなるもので

僕は 遠い昔に

見られなくなってしまった夢を

見ようと また むなしく

眠りにつく

陽がおちるまで

人々が家路につくまで



15.花の種

 

人には笑いと喜びと夢を与えましょう

怒りや悲しみや失望は

このノートの中に閉まっておこう

僕はいつも 笑っていれば よいのです

 

夢を分け与えること

それは幸せと同じくらい 大切なもので

どんなに 小さくばらまいても

大きな花を咲かせることがあるのです

 

不幸にして その人の心が肥えてなくとも

何度も何度も いくつもいくつも

巻き続けたら いつか咲くことだって

あるのですから

 

僕は 自分の心の中でしか

花は咲かせられません

でも その花の種を分け与えることは

できるのです

 

そして その種が

花を咲かせるかどうかなど

期待しなくてもよいのです

 

僕にできることは ただ

その種を分け与えること

それが僕の幸せです



16.部屋

 

私が起きるのは

来やしない あなたの手紙を

ポストに確かめにいくため

青い封筒に丁寧に

書かれた私の名前

いまだかつて 私の名が

これほど有効に

使われたことはなかった

 

色あせていくのは

あれから一通も加わらぬ

古い封筒の束

それに書かれた私の名前

あなたの中の私

されど 私の中のあなたは

昔と変わらず 私の命

朝を告げるのだ

 

私が起きているのは

来やしない あなたの電話を

なす術もなく 待っているため

あなたは電話をあまり使わなかったけど

この電話は あなたのために

部屋のいいところにある

 

この電話の叫び声に

私は期待と不安をかきたてられ

あるときは喜び あるときは悲しんだ

でも あなたの声が伝わってくるという

あたりまえのことに どうしてもっと

感謝できなかったのだろう

 

今はあなたのナンバーさえ

用を足さなくなって

部屋の飾りものと化してしまったが

ほこりはかかっていない

 

私が待っているのは

来やしないあなた

玄関の呼び鈴を使わず入ってくる 

私の愛する泥棒

あなたを満足させるものは

あまりに ここには少なすぎた

私の心をもてあそんで

私の心だけ

ここに置き去りにしていった

 

ぬくもりを恋しがる体は

もはや 死にたえ

あなたを思う心だけが

何倍も強くなって生きつづけている

この世に奇跡の起こりうるかという

はかない望みの中に



17.願い

 

涙なんか出やしない

いつものことさ

一人の女が足早に

僕の前を通り過ぎていった

幸せをぶらさげて

 

それだけのことさ

なのに なぜ

こんなに悲しい

 

一人でいるのがつらいからか

二人でいるとわずらわしいのに

この世界は僕には広すぎる

それがわかっていないから

貪欲すぎるのか この僕は

 

何もかも 自分のものにしなけりゃ

おさまらない

されど人間

愛されるべき女たちよ

君は 自由にならない

僕の花壇を踏み荒らす

陽気な妖精よ

あやしい魅力を封じよ

さもなきゃ 僕は

どうでもよくなってしまう

たった一人の気まぐれのために

 

早く行け 二度と現れるな

ただ一つ 置いていけ

僕の心を置いていけ!



18.降誕

 

誰かがどこかを見ていた

流れゆく人生を

遠く離れた虹の上を

天使のような子供たちが

すべっていく

 

楽しそうに楽しそうに

急ぐのではないよ

神の手で 頂上に下ろされた

みどりご

 

しっかりした足を得ても

そこまで また上るのは

不可能なのだ

 

虹が七色に輝き

その子らの紅潮した

微笑みに青い瞳がつぶやく

速い そして 早いー

 

加速された時の流れを

楽しむ無垢なるものよ

ささやくのは 春風だけ

地上の声など 聞こえなくてもよい

 

笑えよ 笑え

天を揺るがすほどの声も

太陽より 明るい笑顔も

たった一度の降誕に

すべっていけ

 

楽しそうに楽しそうに

全速力で!



19.火

 

(白いページが耐えられなくて 僕は書く)

 

からっぽの心が寒すぎて

何やら 火を入れようとした

気をつけねばなりません

舌をこがしたり

のどを焼いたりせぬように

一息にすっと飲み込むのです

 

あれ ま

何やら 口中に戻ってきたよなと

見る間に

鼻の穴から白い煙が ポカポカと

消えちまったんだね

何も燃えるものがないんだもの

仕方ないよ

 

気のせいか

少し温まったのに

火が消えると

また寒くなってきたよ

誰か 火をくださいませんか

太陽のような 不滅の火を



20.夜のひととき

 

(夜中に目が覚めちまった)

 

地球を半分まわして

太陽にたばこをチョイっとつけ

一服して 月に輪をかける

雲を顔にぬり 雷でひげをそって

海をかきまわして

顔をぬぐった

タオルを山にかけておく

氷山を浮かべたジュースで乾杯

偉大にして卑屈なる人間のために!



21.すべては君

 

君のさみしさに僕のさみしさを加えたら

きっと うれしいことが起こるよ

君の冷たい手に僕の冷たい手を添えたら

どちらも あたたかくなるんだよ

 

一匹狼のかっこよさに あこがれて

ただ ひたすら 自由に生きたいと

白い風を追っていったけど

それが なんだったというのだ

 

ふりかえったところに

君がいなくては

ふりかえったところに

君がいるかが すべて

すべて すべて 君しだい



22.遠い悲しみ

 

遠い悲しみを僕は歩く

白く乾ききった道は天の河か

雄大にして崇高なる混沌よ

 

地上が回転する その摩擦で

僕は焼きつきそうだ

青い海も太陽が血で染めた

 

望郷の見晴らし台は崩れて

真っ逆さま 僕は蟻地獄

もがくほどに 砂にのみこまれる

 

悲しみは 夜露の冷たき地に

映えて 星のきらめき

浅はかな 夢をあざわらう

 

遠い悲しみを僕はあるく

ただに歩く

僕は歩く



23.オレンジ

 

酔っぱらったあとには

オレンジがいいのです

 

酔うほどに悲しくなる

人間の性に 頭が鳴るのです

 

昨日までの威厳も権威も

酔っちまえば裏返し

うつろな目には とても

物が見えるのです

 

酔っぱらったあとには

オレンジがいいのです

 

もぎたての甘い香りが

人間に生まれた このひとときを

慰めてくれるでせう



24.白い少女

 

白い少女が走りぬけました

僕の脳裏を

誰かしら

人の眠りを妨げるのは

 

白い少女が立ち止まりました

僕のひからびた心に

いつかしら

そんなことがあったよな

 

白い少女が振りむきました

僕の弾力 失せた胸に

どこかしら

その子が ひきずる風景は

 

白い少女が笑っていました

僕の埋もれた愛を

なぜかしら

今になって あなたが揺れているのは



25.埃

 

埃を吸わずに生きていくには

埃を吸わずに生きていくには

疲れた都会に寄生して

白い幽霊と手をつないで

腹の黒さをひた隠して

 

ああ やだ やだ

 

流れ星が すっと横ぎった

あたら都会の空の希望

むなしく

闇は 暗さを誇張した

 

屋根からポッと雨だれが

安まらぬ心に 追い打ちをかけ

闇は静けさを誇張した



26.あなたの微笑

 

貴方は笑った

貴方は笑った

にこやかに ほほえんだ

 

たかがそれだけのこと

たいしたこともないと

人は言うかもしれない

 

でも

貴方が笑った

貴方が微笑んだ

 

私の心は満たされた

これでよい

これでよい

思い残すことは何もない

 

私は ようやく

ほころびた心をおさえて

貴方のもとを立ち去った



27.落葉

 

言の葉が去りゆく

我が身は突風に舞い

あなたは落葉の行方をみる みる

それも 舞いおえた

落葉だけ

舞い落ちる 落葉



28.時

 

時よ それほどの力を持つおまえが

なぜ これほど 静かに流れていくのか

 

一艘の小舟に 一人揺られて

ぼんやりと 目をつぶっているうちに

太陽はまぶしさを失い

鳥は森に帰り 闇のベール冷ややかに

いつ知れず 月は微笑んでいた

 

海は はるかに遠く僕を待つ

否応なしに 夢を託した

頼りない小舟は

再び あなたのもとに帰ることはない

 

月よ いつまでも 微笑んでいておくれ

何もかも失った 私を

導いておくれ

 

時よ こうなったからには

一気に 押し流しておくれ

かの女(ひと)への思いで

この小舟は沈んじまいそうだから



29.中途半端

 

甘ったるい感傷をこね回して

何だというのです

それで明日が来るのですか

いえ それでも明日がくるのです

 

けだるい憂うつをかき回して

何だというのです

それで昨日が去るのですか

いえ それでも昨日は去るのです

 

若さだけを杖にして

やっぱり僕は生きているのです

ゆりかごに 戻れなければ

墓もない

 

中途半端な人間ばかりが

宙ぶらりんの世の中で

生きているのです

その中の一人なのです

 

僕はこの杖を失ったあと

支えてくれる人がいるかしら

支えてくれるものがあるかしら

僕に勇気があれば この杖で

胸を突いていたでしょうか



30.自由の糸

 

雲の上で神の弟子が操っていたのは

愚かで素行の悪い人間たち

長い長い糸を何本もたらし

人間の身を守っていた

 

ところがある日 愚かさの甚だしきこと

糸の余りに気づいちまった人間が一人

枕の中から ハサミをとりだして

一本残さずぶつぶつ切っちまった

 

最後の一本が切れたとき

それを引っ張っていたのは

なんと神様 ご自身だったもので

ドテンと尻もちをついて しまわれた

 

さて この男 自由になったのは気分

爽快だが それとて 何ら変わりやしない

神様を怒らせただけの損

 

それでも神様は対面をはばかって

やさしい微笑みで その男の手足に再び

糸をかけようと 先を輪にして竿につけて

たらして ねらっていた

 

そこに現れたるが 仕事の暇な

すこぶる 不景気な 死神のおっさん

糸切る手間がいらんからと

さっそく その男に 目をつけた

 

当の本人 何やら まつわりつくものを

切り取ったのは よかったが

さりとて 何かを新たにするわけでもない

結局 糸がついてもついてなくても

何ら変わりはない

 

神様は 釣りをやめるわけにいかず

死神も 連れていく機をうかがって

ともに その男にかかりきりになっていたが

そのうち どちらも嫌になってやめてしまったとさ



31.母なる海

 

浜辺に寝ころんで

海のつぶやきを聞いていた

そのうち涙が 頬をつたったので

手の甲にこぼれる砂に舌をつけた

 

ざらついた味は

青くよどんだ海にそそいだ

はるか上流の岩塩か

それとも 僕の身のさびか

 

海は大きく空は広く

浜辺の砂は無数にきらめく

夜空の星も降る

 

僕はこんなにも小さく

ただ一人 何を呼ぶ

母なる海には もはや戻れぬ悲しみに



32.蝶を追う

 

蝶を追いかけて つまづいて

転んでみたら 血が出てた

草の汁に泥ついて

たんぺでこすったら 涙とまってた

 

起き上がって 追いかけて

走り出したら 痛み消えていた

 

何を追いかけていたのか

あのときの僕はまだ知らなかったし

今の僕はもう忘れてしまった

ただ 何やら 走らなければならなかった

 

追いかけていたのか

追いかけられていたのか

肝心の蝶は とうの昔に死にたえた



33.哀しき世界の王

 

僕の目には これほど

美しいものとみえる この世界は

その隅々まで歌われるのに 耐えるほどの

配慮を怠らなかった 偉大なる天の主の創造物

 

だから 僕の歌うものは ありすぎる

目に映るもの 耳に聞こえるもの

鼻に舌にほおに感じるもの

そして 幾多の乙女子よ

僕は 歌をもって この世界の王となる

あらゆるものが この身にかしずくだろう

 

されど 聞け

この王の悲哀を

誰が王をたたえよう

誰が幸せにほころんだ口元に

その名を 浮かべよう

 

歌われるものが 美しいだけ

歌う者は哀しいのだ

この世があまりに美しすぎて

歌い表わせないのだから



34.明日に生きてきたけど

 

目の前が闇だと思っては

何度 その向こうに世が明けただろう

 

熱く灼けた陽の光の中で

海の底にはいつくばっていた自分が

雲に飛び乗ろうとする

 

ふんわり 浮いている白い雲

すねたときには涙雨

かもめ飛びます 海の上

明日はどこ知れぬ身となれど

浮かぶ雲を止めることはできません

 

こぼれる雨を拾い集めることも

かもめの行き先を知ることもできずに

僕は 明日も生きているでしょう

 

ずいぶんと賢くなったせいで

まっ暗やみは消えました

けれど 明るくすぎる日の光も消えたのです

 

幸いなるかな 中庸に

平凡におだやかに 僕は生きるのです

何かしら もの足りないままに

明日のない日がいつ知れずと

近づいていることだけは 確かです



35.あこがれキャッチ

 

遠いあこがれだった

幼い僕は走りつづけた

果てもしない砂漠

 

何度も足をとられそうになった

何度も転び、そのつど、立ち上がり

そして 手を前にのばし

全力で追いかけた

 

貴方は僕の前を走っていた

遠い遠いところへ行こうとしていた

僕がどんなに叫んでも聞こえなかった

貴方が消えるのが恐ろしくて

いつもいつも僕は貴方を追っていた

 

貴方はときどき からかうような

微笑を浮かべて 僕を振り向いた

僕はそれに励まされたように

 

力を振りしぼって 止まらない

貴方を追いかけた

 

僕は少しずつ 少しずつ 貴方に近づいた

僕が早くなったのか 貴方が遅くなったのか

貴方は楽しそうだった

僕はそれにも増して楽しかった

 

貴方のほおが赤く染まった

僕らの影は 夕陽に長びき

僕は貴方の影に追いついた

 

もう幼くはないと気づいたとき

貴方は消えてしまった



36.抵抗

 

あれは精一杯の抵抗だったのです

僕の心が 貴方から離れていく

永遠の愛を誓い信じた僕の

最後のあがきだったのです

 

貴方は一度も振り向いてくれなかった

この愛の重みは全て

僕の両手にかかっていました

それを天に持ち上げるほどに

僕の情熱は強かったのです

かつては それほどに

 

貴方をつれなく思い 恨んで離れようと

すれば するほど かえって僕は

貴方の存在を大きくしていったのです

一生貴方から逃れられぬのを 悟った僕は

(あのころは、僕の全生活になっていました)

貴方と心中する決心をとうにつけていたのです

 

貴方を傷つけず 僕が生きるために

 

それが 醒めちまったら 夢のよう

空虚な心のどこに 貴方はもぐりこんだのか

耐え切れぬ この悲しみに

僕は歌を捧げます

 

今ごろ 貴方は相変わらず

僕の健闘を 茶目っ気たっぷりの微笑浮かべ

あきれてみているのでしょう

 

でも 違うのです 真実は 真実は

 

あれは精一杯の抵抗だったのです



37.双飛

 

か弱き白き裸手を力の限り

抱きしめてみん

そは 我が離れ身なれば

 

何を思いたまふ

何を見つめたまふ

その瞳に我はゆらめけど

 

汝か弱き者に一つの魂

寂しき世を共に生き耐えと

年月が 与われた

 

安らぐがよい 我が胸で

我もまた 汝のものなれば

何もかも忘れて

 

そうして 羽を伸ばし飛ぼうとも

広すぎる この空は



38.別離

 

僕らは走りつづけた

星にせかされた

夜空が恐ろしかった

音だけが 聞こえていた

 

貴方の笑い声も いつの間にか

消えていた それでも 僕は走りつづけた

それが 生の証であるかのように

空がぼんやり明るんできた

疲れきった重いまぶたを 開けてみた

 

僕の前に貴方はいなかった

僕の横にもいなかった

恐る 恐る 振り向いた

僕の後ろに はるか後ろに

一人の女が 倒れていた

 

あなたと確かめるのが 恐ろしくて

振り向かず 僕は精魂尽きるほど

思い切って走りつづけた

 

陽は 僕の前をのぼっていく

昨日は後ろに取り残され 今日が始まる

僕はわけもなく こぼれる涙を

風に切って 走りつづけた

今度は太陽に向かって



39.スワンソング

 

青虫がサナギが蝶になれず

死んでしまった

それは悲しいことなのでしょうか

美しい蝶が蜘蛛の巣で もがき 力果てる

それは 美しいことなのでしょうか

 

人間はどうやら アヒルの子のようです

失っていくものばかりが多くて

よいものは よさそうなものに

置き換わっていく

歳 経るごとに

成長するとともに そうなる

 

でも 純粋な魂が 汚されましょうか

やわらかい光に 輝くダイヤモンドは

強いから 美しいのです

 

白鳥となりて 飛ぶには

白鳥となりて 飛ぶには

人間は まだまだ 賢すぎます



40.あこがれ

 

海にあこがれていた

森の大木からこぼれた葉 一枚が

急流にもまれて 下っていきます

ちょっと気をゆるしたときの

風の吹きまわし

 

どこかに落ち着きたくとも

流れに任せるしかないときもあります

 

枝を離れたことは 果たして自由だったのか

日の光をまぶしいと思ったときには

流れはゆるやかになりました

両岸は段々離れていきました

 

木の葉は予感しました

冒険の成功を 海の香りを嗅げるんだ

 

ところが 中州に打ち上げられた 木の葉は

まもなく生気を失して乾燥し

風にもまれ ちりぢりと

散っていきました

 

たどり着けなかった海まで



41.死の権利

 

死んじまった貝は 焼いて食えません

ただ 土に戻るよう 埋めるだけ

 

生きている限り 死ぬことはできるのです

死がくるより早く 死に向かいさえすれば

逃げようとしても 死神はホウキより早いのです

 

生気を胸に十字架で架け

死神から奪うのです

死する権利を



42.何もないからひびく

 

君は悲しい顔をしていた

何がつらいのー?

「何でもないんです ただ」

 ただー?

「わからないんです」

 何がー?

「何もかもです」

 何もかもー?

 

物事には わけがあるものとは限りません

何もない 心がポカリと

抜けてしまったとき

そこを気まぐれな風が

心の鈴の音をかき鳴らすこともあるのです

 

チリーン リーン リーンと

大きな物音よりも かすかに震える

微弱な鈴の音の方が

心にいたく ひびくものです



43.うさぎの死

 

池の真ん中に月が揺らいでいます

右手で振り上げた石を

投げつけるのを やめました

池よ 月はお前の中にいるのでない

 

一人 月を見ていた夜がありました

月は 僕だけを見つめてくれ

すべての情を 僕に注いでくれるように

思われました

 

僕は何度も勇気づけられ

感謝しました

 

しかし 月よ

お前は誰も見てやしない

太陽に照らされているだけなのだ

うさぎを殺しちまった

人類のゆがんだ大いなる成長が

今また 僕の心を むしばんだ



44.声と歌

 

声が出ないのは 声が出ないのは

つらいものです

心の中に溜まった うっぷんを

やたら 文字になおすのは

なおさら 気が重くなりますもんで

 

田舎へいきましょう 人気のない

荒れた野の 大空の

限りなく広がっているところに

そうしたら

声も出るでしょう 声も出るでしょう

 

もしかしたら その声は

歌になっているかもしれません



45.転身

 

もう二度と人を愛することは できぬだろう

誰かにやわらかな恋心を

ズタズタにされたぐらいなら

時と 出会いとの中に

癒されることも あっただろうが

 

貴方は悲しいほどに 何もしなかった

ただ 僕の横を通り過ぎていった

 

恋と気づくには遅すぎ

振り向いたら 貴方は消えていた

 

どこにも 怒りをぶつけられなかった

僕は 貴方の通り過ぎた

電柱の一本一本に

頭をぶっつけていった

 

フラフラに血を流した

僕の前に 現れたのは

貴方よりずっと やさしい人だった

けれど 貴方では なかった



46.報いのチケット

 

罪の報いはずいぶんと待ちくたびれさせた上で

じわじわと 僕を追い込むつもりなのですね

それまでに 僕はまだまだ罪を重ねるでしょう

やがて老いに 力も衰え 身にこたえるでしょう

幸福だったのは 将来の不安を

一層呼び込むためですね

 

その証拠に最高の幸福とやらは

いつまでたっても遠のくばっかりです

 

改心するごとに新たに裏切りを重ねる

僕は 祈りをも忘れ 神をも踏んづけました

罪の意識も そのうち消えちまうかもしれません

人間でなくなる前に

地獄への定期券を受け取ってしまった者には

それさえもったいないほどです



47.バベルの塔

 

太陽に向かって

石の塔を組み立てていった

愚かな人々と

笑う我らは

その手を汚そうとしない

ことばはバラバラでいい

一つになったら

また組み立てていくだろうから



48.眠るのに

 

夢見るのは幼子か

夢と知らずに安らかに

と思うや否や 急に泣き出す

うらやましくもあり

おかしくもある

おかしくも おかしくも

いつかしら そんな年になったのか

 

眠るのに 何の苦労もいらなかったころ

起きていたくて仕方なかったころ

何それの夢を見たいと願って眠ったころ

 

みんな みんな よかった ZZZ・・・

 

今は くたくたに体を酷使し

頭をねじりまわして

気絶するようにしか

眠ることはできなくなった

 

それを避けるため

またまた悪酔いの夜更けに ZZZ・・・



49.涙腺美

 

少女はうつむいていた

何かを思いつめたまま

まばたき一つしない瞳から

涙が頬をつたった

 

少女の手は白いハンカチを

とろうとしなかった

わけもなく 思いつめることが

ひたすら 純粋すぎる少女の涙腺を

開いたのだ

 

自らのことに 自ら感銘できる

あまりにも傷つきやすい乙女の心は

少女を一瞬 きれいにみせた

美しくさえあった



50.去無来

 

私の心はもう帰らないのです

あなたのもとには ちょうど

あの日々が戻らないのと同じ

 

煮えたった 思いも

氷の世界では 冷めます

さもなければ

すっかり蒸発してしまうでしょう

 

たがいにみつめ 抱き合わず

そうした目で すれ違った

そんなもの だったのです

 

今となれば わかります

悲しいほどに わかります

あなたの心も わかります

だから もう

どうにも ならないのです



51.シャボン

 

あるいは また 情熱に

疲れちまったのかもしれません

 

同じところをくるくる回って

何かしら変わったことが起こるのを

いろいろと いらいらと

待っていたって どうにもなりません

どうにもならないのです

 

天空に描いた夢は 舞っていきます。

どこしれず 追いかけども 追いつけぬ

見失っては

また シャボンに希望をふかします



52.気分

 

雨の音が胃を癒してくれます

夜なのに 明すぎるこの部屋に

僕は疲れちまったのです

 

何ゆえ 目をふさぎ

何ゆえ 眠ろうとするのか

明日が快適なものになるには

僕はずいぶん眠らなけりゃ なりません

 

けど 今から寝たら もう

明日が過ぎてしまいます

また こんな夜がくるのです

 

あは まぎれようもない気分は

重く軽く この体をもて遊んでいるのです



53.崖落ち

 

高い高い崖から

海へまっ逆さまに落ちたら

さぞかし気持ちがよいものだろう

青い空に 逆さに映える

 

太陽が大きくなったり 小さくなったり

働く人々は 絶えまず働き

馬車は野道を行く

馬は働く 幸せな奴

居心地の悪く狭いところに

閉じ込められ 揺れているのは僕



遠く望郷の街は後ろに流れ

何もない荒野が続く

すべてを捨てて 自分だけを持って

きた- その自分とは

馬車の中で眠たそうに

揺られているのは

 

それがうらやむべきことだからで

ないのです

他にすることもなけりゃ

できることも ないのです

高い高い崖から 海へまっ逆さまに

落ちたら・・・



54.黄金のリンゴ

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

無数に地におちた小さな種

雨に流され 日に枯れ

夢想のうちに 幾多の生は絶たれた

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

ささやかな春日を 精一杯汲み取って

芽を出した幸せ つかのまに

鳥につぐまれ 虫にくわれ

夢想のうちに 幾多の生は絶たれた

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

暑き夏の光線に たたきつける

雷雨に耐え 育ったのはいかほどか

幾霜巡りてか 花を

日の目に見 その中に

見事なる 実を結んだのは

 

そのリンゴが 黄金に輝いているのは

あまりに気高い誇りゆえ

選ばれ残ったものとして尊厳ゆえ



55.点火、そして、爆発

 

焼けちまった 灰になっちまった

手の平からこぼれる白い灰

 

時が止まった

涙がこぼれた

すべてが黒く染まった

 

焼けちまった こっぱみじんに

蝶のように 逃げ回っていた君が

 

わかっていた

こうなることは 最初に

僕の目に君が点火したときから

 

焼けちまった 黒いしみを残して

君は吹き飛んだ

 

かぼそすぎた

美しい女(ひと)は

きつすぎた 細い身には

 

焼けちまった

僕の情熱に

真っ黒こげに・・・



56.情熱くん

 

若かったよ あの頃は

一目見るなり 僕は花束片手に求愛した

それが恋かどうか 確かめる暇もなく

答えの出た頃には とっくに出会いの幻覚が

終わっていた

 

おまえは やたら

いろんなものを引きずりまわす

僕が望もうと望むまいと

しかし 僕のよっぽど好きな奴だったから

僕が責任を負わねばならない

 

後先のことなど一顧もしない

放蕩野郎ー

 

こんな奴に 心臓を預けている日にゃ

生きた心地もしまい

それでも 今日まで生きてきたのは

切っても切れぬ仲なのは

愚息ほどかわいいってものか

 

耐え切れず 追い出しちまえば

心の中がからっぽで

生木がさかれたようになっちまう

 

そうさ 引きずられ

必死に生きてこれたのは

おまえのおかげさ

 

ああ 遠慮などすることないよ

何だか年をとるにつれ

おまえは 出不精になったね

 

若かった あの頃のように

とことん 僕を困らせておくれ



57.吹けよ、トランペット

 

吹けよ トランペット

頑固な防壁を打ち破れ

そして 焼けた夏を連れてこい

大地を割り 天空を切りさけ

 

吹けよ トランペット

体一杯に怨念こめた力で

愛の憤りを神の前に直訴せよ

天地を分かつヴェールをはがせ

 

吹けよ トランペット

心のままに

潮に身を投じた愛する人

深いところに眠らせるために

その愛は海を赤く染めた

太陽のくれゆく かもめのいない空に

 

吹き続けよ トランペット

心をこめて

細かな砂のこぼれ落ちるように

僕の心に静かに積もっていけ

あなたの面影を生前のままに心に保て

 

吹き続けて トランペット

心安らかに

曇る地上に小さき男の幸福を祈って

帰らぬ世界に返らぬ人

海はなんてやさしいの

悲しき調べのトランペット



58.大失恋

 

どこを飛んでいるのか

僕の心は

疲れ果てたこの体をおいて

戻ってこいと

僕は呼びかけはしまい

 

一度は女(ひと)に預けた心だ

その女がいなくなった

今さら戻ってこいとは

いいやしない

 

何もかもなくしちまった

固まった重い頭と

棒になってしまった用なしの足と

その間の腐ったはらわた

 

つぶれた目は 光を忘れ

涸れたのどは 存在を訴えず

風は勝手に肺を出入りするだけ

 

わずかに 心臓を動かし

死骸という名を 逃れるのが

精一杯の今

 

それでも生きている

ひたと雨だれが

折れた歯にしみた

僕の心の神経

何の気まぐれか

今さら戻ってきたのか



59.出発の時

 

お嬢さま 何をそんなものうい顔で

頬づえをついているのですか

城外に出たい出たいと思って

重い焦がれるだけじゃ 

何ともならなかったじゃ ありませんか

 

お嬢さま その想いは

はるかに大きく空に広がり

理想の世界に貴方さまを

誘い込んだのでは ありませんかね

 

あの雲の下には

この場内に一度でも入りたいと思っている

子供たちが無数にいるのですよ

未知なるゆえの好奇心は同じです

 

お嬢さま 自分の足で半日も歩いたことのない

貴方さまがどうして 街に出られましょう

お嬢さま 貴方さまが

それなりの心構えをしないうちは

何も出来やしないのですよ

遠くから見ると 何もかも美しいもの

 

お嬢さま 貴方はいつも空を見つめていなさる

昨日の雲はもう そこにはないのですよ

いつかはいつかはと思っている間に

取り返しがつかなくなる 時の恐ろしさを

いつでも 悲しそうに思っている間にも

雲はずっと遠くに行ってしまうのですよ

 

お嬢さま 勇気を出しなさい

そうして 自分を見つめなさい

血の気が その美しい顔を輝かせたら

そのときですよ お嬢さま



60.恋人たち

 

私は愛を讃えないのです

古来 言葉の魔術師たちが

その思いにせかされ

少しでも心を楽にしようと

愛をことばにしたためた

 

恋人がその女の

瞳の中に自分を見つけるとき

最高の美の感動のことば

それはことばがことばを裏切る瞬間

沈黙が訪れるのです

 

息をとめ 時をとめ

緊迫に動きをとめ

見つめあうのです

 

そうして あまりの重圧感に

歓喜が耐え切れなくなったとき

ため息がこぼれます

すると恋人たちの

目は笑い出すのです

互いの名を呼ぶ前に



61.海辺の思い出 1

 

あんなにまぶしかったのは

窓から入ってきた日差しが

ゆりかごを揺らしたから

 

あの頃 僕にはこの部屋が広かったし

窓の外は一面 太陽だった

 

あんなに青かったのは 窓の向こうに

白い雲がゆったりと 寝そべっていたから

 

あの頃 僕は部屋から出たかったけど

窓の外は何だかとても恐かった

 

あんなに赤かったのは海の向こうに

太陽が隠れるとき

 

僕の背丈が窓を越し

僕の部屋の中まで

海から浜辺を駆け抜ける

炎に僕の頬は赤らんだ

 

あんなに遠かったのは

こっそり窓から 飛び出ては

おぼつかぬ足で転び

そのつど捕まえられた僕の冒険

 

波音も潮の香も僕を呼び続け

太陽は変わらず輝いていたのに

浜は広く 海はずいぶん 遠かった



62.海辺の思い出 2

 

あんなに悲しかったのは

海をはじめて知った日

 

やっと浜辺にたどりついた僕は 知った

青すぎる空も あくまで白い雲も

そして 白い白い太陽も

この海がある限り たどりつけない

妙に 冷たく からかった水

 

あんなに黒かったのは

太陽の消えた日

 

空に点灯した星の明かりを

たよりに歩いたけど

波はいつもより高かったし

潮のにおいも鼻についた

 

波間に浮いた僕に

やせ細った月が揺らめいていた

遠く小さく揺らめいていた

 

「地平線まで」「地平線まで」と

手を伸ばしながら

叫びつづけた

僕の前には水平線が

完全なる絶望を 明示した



63.森へ

 

縁側で日なたぼっこしていた

僕の耳元に 何やら聞こえる

 

軒下に蟻はまだしも働いている

蜘蛛はどうやら半分 巣を張り終えた

 

森へ行きませうー

倦怠のだるき体は

共鳴するには鈍すぎる

森は 涼しいでせうー

 

転がった首の矢に

美しい妖精が 冷たい息を吹きかける

起き上がった僕は

魔力にかかったのか

連れ去られたのか

 

いつの日か 僕は

縁側で日なたぼっこをしている

男の耳元に 何やら囁いていた

 

軒下の蟻は どこかに連れ去られた

蜘蛛は去り 破られた巣があった

 

森へ行きませうー

起き上がった男は

魔力にかかったのか

僕についてくるのだった

 

ああ 美しすぎる自然よ

邪悪なる人間よ

私はなぜ 満足できぬのだろうか?



64.海の浅いところを砂の堤防で封じようと海へ行った日のこと

 

沖を見ている人がいた

僕らは浜辺をけちらすと 冷たい

サファイヤに体を浸し

しぶきをあげて騒いだ

 

影が凝縮されたころ

黒い肌に つやをそえ

紫色の唇をぬぐって

僕らは 塩っぽい おにぎりを食べた

 

その人は沖を見ていた

 

僕らは砂で夢をかなえはじめた

深い穴からいつも 湧き出た水に

くずれ 高い山は波にのまれた

 

ささやかなる 僕らの遊びまで

許さず 完璧に封じるほどに

海は偉大だった

 

太陽がジューと熱い音をたて

海にのまれてしまってから

僕らは見た いや 見なかった

 

僕らの足跡さえも消えていた

僕らに残されたものは 疲れだけだった

沖を見ている人は もういなかった



65.祈り

 

私の涙が 白い丹前に

うす紅色(くれない)に 染まりました

レモンの香りが 天に昇って

小さな星粒に なりました

 

紙のなめらかさが つとおいた

私の薬指を切りました

ポツリとこぼれた鮮血は

あなたにはじかれました

 

美しいもの 冷たいもの 幼いものに

罪はないのです

温情です

人の純潔を汚すのは

 

あなたは北風の声

空の高いところを

わずかにかすらせます

私は積雪に目隠しされた大地

余韻のない 鐘の響きが

たまらないのです

 

陽は はるかに遠いところにいるのです

いるのです いるのです いるのです

なればこそ 私は祈るのです

 

Vol.12-3

46.雪を愛する

 

深く深く雪に閉ざされた冬

一人悲しく外を見る

雪は やむことを知らず

僕の心に積もっていく

ああ あの暖かい日だまりは

木の葉の中に舞い散ったのか

北風がからっぽの腹を吹く

 

語りかける人もいず

荒れ狂う海 安らぎを知らず

語りかけてくれる人もいず

星の輝く夜 永遠に帰らず

 

頭のアルバムから 友を懐かしみ

語りかける その面影すらなし

愛する人 愛した人 愛せた人

かぼそき炎にゆらめく

ああ 

 

僕は雪を愛する

何の暖かい感情も持たず 

ひたすら シンシンと

僕は雪の白さを愛する

僕は雪の固さを愛する

僕は雪の清さを愛する

僕は雪のはかなさを愛する



47.君の美しさは固く凍りついた心

 

君の微笑みはさびしさまじりの作り笑い

僕にはわかる もう何年も君を見てきたが

僕の手であたためてきたのに

 

君の心は 今だに溶けない

君は笑う ほがらかに何の屈折もなく

僕にはわかる 君にいやというほど教えられた

 

君の心に少しでも入りこもうとすると

君は固くロックしてしまう

そして 君を何もしらぬと

笑ってごまかしているのだ

 

僕の目を見なよ

君は 誰にでも そんなに冷たいのかい

本当は 陽気で おきやんな娘だ

ボクにはよくわかる 君のかげとなってみてきた

心のたずるをゆるめなよ

心の底から笑ってごらん

こんな楽しい人生じゃないか

こんな すてきな君じゃないか

 

僕は何も求めない

誰をも 愛せば それでいい

そうしたら その中に僕も含まれよう

それで 僕は大満足

君の幸せ 僕の幸せ



48.つかれちまった

 

つかれているのに眠れない

君を追いかけ追いかけ

夜道をさすらい

帰ってきたら 一人ぼっち

眠れない

本当に本当につかれちまった

その頭を君が先のとがった

くつで踊りはねている

君に君に つかれちまった

何もかも投げ出して

ひたすら 君を思えたとき

まだまだ よかった

恋に恋に つかれちまった

つかれすぎたら 眠れない

頭がわれそうだ

僕の心は 晴れた日を忘れちまった

 

星が見えないのは曇っているせいだろう

君を追っているままに僕は自分を失った

ああ この愚かなる心

もはや 愛してもいない人を

今だにおいつづけ

今夜も 白けちまうまで

苦しめる



49.反戦歌(1)

 

世界の青年よ子供たちよ

僕らは戦争を知らないけど

それが どんなに悪いことか

いかなる名においても

正義といえぬものかを 知っている

人を殺すこと 人の世で最も悪いこと

大人たちは 苦しい経験を生かす術を知らない

避ける方向を180℃まちがっている

そして 我らに過ちを又もや

繰り返させようとしている

 

何度も 地獄を見ながら 今だに

戦争という文字も 過去のものとして葬られぬ

愚かな大人たち

戦争と知らぬ僕たちは 彼らに習ってはだめだ

僕たちは もっと広い目をもって

世界の次世代の者

同士で信じあおう

そして 愚かな大人が退いたあと

戦争につかうようなものを焼却しちまおう

世界が手をつなぐ時代を切り開くのだ

誰もこのすばらしい世界を母国を

滅ぼしたくないはずだ

 

世界を滅ぼす 愚かな大人どもとなるな

世界を救う 英雄となれ

はや母国を案じるより 人類を案じよ

戦争を知らぬ世代よ

純真な大儀なる心を忘れるな

愛と信頼の上に世界が結ばれる日まで

その心を持ちつづけよ

主義も考え方も違うけど 人を愛すること

人を殺さぬことにおいて 何の違いがあろうか



50.反戦歌(2)

 

戦いが終わったとき 誰もかも誓ったはずだ

二度と謝りは犯さないと

歴史は教訓を残すのに

人間は 嫌なことは すぐ忘れてしまう

そして 人間にとって最も大切なもの―

愛を力で踏みにじってしまう

一人一人は分かち合える人間なのに

愛を代償に利を得ようとする

愚かな野獣と化する人間よ

一人一人は 愛しあえる人間なのに

恋人を愛するように

世界の人と愛しあおう

 

悲しいことじゃないか 文明はこんなに

発達したのに 動物にも劣る

身勝手な愛 人間同士が憎みあい

殺しあうなんて

人間同士で信頼がもてないなんて

武力のむなしさを何千年かけて学んだのか

人間の人間たる知恵とは何だったのか

 

武器を捨てよう 力を捨てよう

そんなものにたよらなくても

人間はすばらしい心があるじゃないか

もう一度信じあおう 歴史はくりかえすものだと

人間を疑わず 最初から やりなおそう

仲間が信じあえないなんて さびしすぎる世界を

つくらないよう そして信じあい裏切らないよう

原点から 人間として謝りを正そう



51.反戦歌(3)

 

悲しみも苦しみも 全て歌に込めて

ちりぢりに巻きちらすんだ

聴いている人の胸をなりひびかせ

己の体をばねと化し

 

時代は緊張を高めていく

墜落から脱出の好機だ

しかし ブレーキを忘れるな

時代は動かずにいられない

平和―

国を愛する

人を愛する

どちらかをとらねばならぬとしたら――

個人個人が主体を持って

全世界の

良識を働かせねばならぬ

戦争ごっこの好きな愚かな政治家と

そのブレーンを

我々の愛する人とともに撲滅せねばならぬ

敵は 国でも人でもない

わが身の中のさびにある

すこやかに すこやかに

誰もが世界を覧視し

歴史に参加しなければいけない



52.恋の矢

 

君の冷たさで氷をつくって

熱にうかれた僕の額にのせよう

きっと 沸とうしてしまうさ

全く回復の見込みのない恋患い

治せる医者は君だけさ

むろん君が現れたとき 僕の心臓が

胸から踊りださなければのことだけどね

しばらくは平静らしい

 

恋の矢は 君を見た瞬間に致命傷とあいなり

そこから病原菌が一夜のうちに僕を占領した

僕が何ゆえ ここに倒れているか 誰が知ろう

僕の頭の中は君の

僕の目の中は君の赤いドレスが

僕の耳の中には君の微笑みが

僕の鼻の中には君の香水が かおりが

 

僕の遺言は何通も君のもとへ飛んだのに

君は今日も光を満喫し 安らかに眠っている

 

通じよ通じよ 僕の真心 偽りなく我が

天使の冷めし心をたぎらせよ

通じよ通じよ 僕の熱情 天まで通じ 雷鳴とどろき

天使の安らかなる心を乱せよ



53.しかし また 誰かを愛していた

 

僕は明日のことなど考えなかった

僕は昨日のことなど考えなかった

僕はいつも今日を生きていた

 

若さは 愛することだけを置き去りに 僕を去った

愛することは 振られることだけをおいて 僕を去った

愛する人は 何も残さず僕を去った

 

そして 気づいて見たら 僕は一人

街の中を歩いていた

誰も僕の方に微笑みかける人はいなかった

 

僕の 愛はいったい何だったのだろう

僕が愛していたのは いったい 何だったのだろう

あい? 何ゆえ愛 滅びの愛?

 

愛が消えたとき 僕は 街の中に倒れた

ああ 愛 僕 そのものだったんだ

 

僕は明日のことなど考えなかった

僕は昨日のことなど考えなかった

僕は 今日に倒れたのだ



54.僕はいつも誰かを愛していた

 

主に愛した人は数人ぐらいどけど

そのすきまも 何やらかんやら うまっていた

僕はいつも誰かにふられていた

主にふれらた人は数人ぐらいだけど

そのすきまも何やらかんやら すげなくされていた

僕は 昔の人を思いだすこともなかった

僕は新たなる人を壊したことも なかった

僕はいつも誰かを愛していた

 

そんな中に僕を愛をしてくれた人がいたか 知らない

僕の愛のわずらわしさに誰もが閉口した

そして その人なりのやり方で別れていった

僕はただ せい一杯 愛しただけなのに―

涙の中でもう二度と人など・・との誓いは

涙がかわかぬうちに現れた人に たやすく破られるのだ

女の調子はよいのは最初だけだ

それでも 僕は愛していた 僕の目の前の人を

 

僕は愛することに夢中で相手のことなど考えなかった

僕は愛する人より 愛することを 愛していたのか

女には 愛を惜しみ分けるのがよいとて

気づいてみたら 僕は全てをかけて 愛していた

そして まちがいなく ふられていた



55.風船

 

色とりどりの風船が肩をよせて話していた

僕らは誰に買われるのだろう――

小さな男の子は 乱暴だ 女の子がいいな

小さな女の子はあきっぽい 男の子がいいよ

大きな家がいいな おもいきりはねまわれる

小さな家がいいな いつも遊んでもらえる

 

そんな中にたった一個だけいびつな形なため

仲間に入れず もの思いにふけっている

風船がありました

 

―僕は なんで風船なんだろう…

―風船やっているしか能が無い以上

風船でいつづけるしかないが…

青い空をどこまでも飛べたらどんなに

気持ちがよいだろう

 

この売れない風船の思いは仲間たちが

入れ変りするうちに ますます 強くなりました

か細そうな糸は なかなか自由を許してくれなかったのですが 

古くなったせいでしょうか

ブツリと切れました

 

今だ―

風船は高く高く皆の視線を初めて

一身に集め 飛んでいきました

―バカなことはやめなよ 戻ってこい―

そんな声が小さく小さくなっていきました



56.ミレーとエリー

 

街に同じ日に生まれた二人の娘がいた

一人は 街一番の大富豪の娘ミレー

もう一人は 街かどの花やの娘エリー

器量は けっこう二人とも よかったけれど

街の男たちは

皆 ミレーに夢中だった

夜毎にもよおされる舞踏会に

男たちは  日夜働くエリーの手からうけとった花を

ミレーに捧げるのだった

 

ミレーは誰からも愛された

けれど 自分を大切にするあまり 

けっして 微笑を返したりできなかった

エリーは誰をも愛した

花一本一本に微笑をこめ

大事にされるよう願って売るのだった

 

男たちは そんなエリーの前を

逆さにぶらさげた 花よりもしおれて

引き返してくるのだった

そして エリーに言うのだ

もっときれいな花を もっと高価な花を

ミレーの目にとまる花を

エリーは答える

ありません 花はどれも美しいのです

手に入りやすいのが 安く

手に入りにくいのが 高いだけです

誰もが エリーの前を 素通りした

 

店先の彩りが何度か変わった

 

ミレーは二十歳のお祝いに

街中の人々が屋敷に招待された

ミレーの望むナイトは現れなかった

そして 街の花屋から

もっとも きれいな花が届けられた

今こそ 男たちは気づいたのだった

エリーの美しさに

 

エリーのあとを 男たちは街中ねり歩いた

エリーは 唱った

愛することを 愛することを

何よりも大切なことを 何よりも尊いことを

相手がどう思おうたっていいじゃありませんか

愛せることが尊いのです

 

エリーは花を配った

一人一人の男に女に

その最 後尾に ミレーが並んでいた

エリーの渡した花に 初めてミレーは微笑んだ

街に同じ日に生まれた 二人の娘がいた

二人の娘は同じ日に 二十歳になった(のだ)

 

Vol.12-2

26.君は世界を意味づける「棒歌」

 

君に捧げよう この歌を

僕の全てを賭けて

君に告げるため

君に捧げよう この歌を

 

つまらぬ男だって

その胸に入り切れぬほどの

夢を持つことはあるさ

(神様は禁じてはないもの)

その夢の中に 君ほどの女を呼びこんでも

罪はないはずさ

(夢はそれと気づかぬ喜びに

ひたるほど それと気づいたとき

深い悲しみで罰するから)

 

僕らは飛びまわる

君の手をきつく握りしめて

僕は有頂天 何気ない世界の何もかもが

意味を持ち始める

 

君の瞳に吸いこまれると

黄金の輝きをしのいでしまう

 

王女の下僕は 我一人

思いのままに なさしめよ

我の心は汝に捧げたものなれば

 

太陽の燦然たる きらびやかさと

月の涙誘う しとやかさを

兼ねそろえた その顔に

微笑を浮かべておくれ

世のため 人のため そして 僕のため

あなたが消えて 世界の意味も消える日まで



27.血

 

長い年月が 僕の体内に君を溶けこませた

君はめぐる 血管の中に赤く燃えて

僕の血が 苦しいほどたぎる

すっかり 僕を支配しちまった

恐るべき 侵略者

 

僕の微妙な心を揺るがしつづけ

心身を破壊に導こうとする

頭の中までも いつも間にか 真っ白

本能-理性も 手を握り合い

 

自我は君の前に両手を上げ

プライドは砕け 君の忠実な下僕となり

いつしか 僕そのものに化しちまった

 

何にしろ 女の赤い血は 僕の命だ

男は若き女の 血を求め 夜通しさすらう

されど 僕の牙は 抜かれちまった

胸にたぎる 血を抑えるだけで精一杯だ

 

でも君の実体は あらわれぬ

僕が胸をナイフで切り刺して

僕が倒れたとき その胸からあふれた君は

僕の目の前に立ち 笑いあざけるだろうか

残酷なる 魔性よ



28.反流

 

河は流れる

僕らは 明日を待たない

上流へ上流へと 上がっていこう

そして 自分の手で明日をつかむんだ

ともに下っていくことはできないから

 

わずかな間の すれちがい

人生がそういうものだから

じっとしていても 時は流れる

けれど 流しておくのでなく

自分で流れにさかのぼれ

流れは激しく かいに力をいれねばならぬとも

 

はるか上流に 求める世界よ

老いさらばえて海に流れ

安らぐのは まだ早い

 

上流へ上流へ

果てしもなく

力尽きるまで

さかのぼれ

己の力だけを信じて



29.感謝

 

貴方は私の世界の中でこそ

生きるべきなのだ

私の世界の中では 貴方の何もかもが

数倍も美しく輝きを増す

私ほど 貴方を愛せるものはいないから

 

貴方に示せる僕のたった一つ

自慢できるもの

誰よりも貴方を

本当に貴方を

愛しているということ

 

それは貴方には 何ら価値のない

つまらぬことかも 知れないと

考えるのは つらいけど

たとえそうであっても 愛する権利は

貴方とて 奪えない ただ

認めてほしい 私の愛

許してほしい 私の愛

 

よしんば 他の人に心許すとも

私は何も言うまい いえまい

されど わかってほしい

覚えていてほしい

こんなにも 貴方を愛している

僕がいることを

それを心の片隅にとめていただける

だけで がまんできる男がいることを

 

何も思うまい 望むまい

心の中だけでも 貴方とともにいられる

そんな貴方と少しでもめぐりあえ

生を共にできた

その幸せだけを今は 感謝しよう



30.愛の宝石

 

あなたへの様々な思いから

思いを覆う 不要な いとしい

この不純物を除き

純粋な愛の結晶と化したい

 

それは100%の完全燃焼率

愛の力は人間の限界を破る

偉大な動力源

全生命をほとぼらせて

貴方をみがきあげる

輝く私の宝石よ

 

ひとカケラであろうとも

あなたは 太陽よりも

大きな光と熱を

私に与える

 

永遠のわが命の源よ

私を溶かすほどに燃えよ

そして 私をあなたの中に

融合せしめよ

 

何かしらのわけありて

分かれ出し魂を今こそ

完結せしめよ

 

あなたと私に

過去はなく 未来は知らず

より強く燃え続けよ

生命あるかぎり(とだえても)

灰と化するまで



31.大きな夢

 

僕の手には何もない

だけど僕には

いくつ手があっても

持ちきれぬものがある

 

はかなくて

ぼくぜんとして

つかみどころもないけど

大きな大きな夢

育てていくんだ 大切に

 

いつの日か きっと

この手で 実感できるときがくる

自分を信じて

何もないからこそ 自由にとべる

 

さあ 今 思い切って

地面を蹴るんだ

あの大空よりも広い 僕の夢

はるか かなたにあろうとも

どんなにものにしがたくとも

そうであれば あるほどに

僕は 翼に力をこめる

 

ああ いつの日か

若さまさりの夢だったと

大空に舞いおりて

懐かしむときがくるかもしれない

だけど夢 この手に この手に

勝ちとるよう

 

僕は ひたすら

今日を生きる



32.パッション

 

胸をえぐったナイフをとびかう

鮮血の色は

まぎれもなく 情熱――

あなたを愛していた私の心

ポトリポトリととりとめなく

あふれる 今も――

 

私の心は冷めきれなかった

奥深く おまえを

抑えこんでしまってから

私はいつも予感におびやかされていた

私の思いが 理性などとベールで

隠し通せるものかと~

 

やっぱり こうなった それを私は

あの日から知っていたような気がする

 

私の青春がしたたる 胸から

何と美しい 血であろうか

 

<あなたは あの日帰ってこなかった

そして 私も追いかけなかった>

 

けれど 私の心はあきらめなかった

体をひきさく激漏が快いほどに私を罰する―

この血一滴一滴が私の気持ち

 

あなたへの思慕は体中を巡りつづけた

一瞬(ひととき)眠りもなく

そして今 ときのまだけど

しぜんな私がここにいる

 

あなたはいない

でもあなたを思う

私が こんなにも広がっている

 

ああ・・!



33.聴いてくれ

 

僕の歌を聴いてくれ

君の耳には聞こえまい

僕の心を聴いてくれ

君の心で聞いてくれ



34.ヘブン

 

僕の手をつかんで

漏りの向こうまで駆けていこう

きれいな小川があって

青いリンドウが咲いている

僕が見つけた

すばらしい 花の国

誰にも 教えやしないけど

僕一人にはもったいなすぎる

 

そうだよ 君が必要なのさ

おいでよ おいで ためらわず

お日様に 笑われるよ

ポカポカの地に寝ころんで

はてしもない大空を

そっぽり二人の胸の中に

入れようよ

菜の花も 蝶も みつばちも

皆 恋をしているんだ

 

ああ 君がまぶしい

春風に踊る

すらりとした君の足

ふくよかな君の胸も

さらさらの君の髪も

君は両手を

天の伸ばし

僕を追いかける

ごらん

何もかも 僕らのためにある



35.平等

 

さまざまな輩が

上から圧迫を加える

時代は 我々には楽だった

敵の姿が見えていたし

それに抵抗できぬ悔しさはあっても

肉体的に過酷に苦しめられても

精神までは犯されなかった

 

歴史は 徐々に敵をとりのぞていった

我々は そいつらを足元に踏みつけ

平等を 自由を 勝ちとったかと思えた

 

ところが今 見えない敵が 見えない手で

我々を それこそ平等に

下の方からひっぱっている

我々は敵の姿さえ つかめぬ直感で

落ちていくのを感じていないから

なす術を知らない

精神から むしばんでいく

我々は もはや 理性も保てぬ



36.踊り続けよう

 

まわる まわるよ 今宵最後のワルツ

白くか細き君の手に

これまで生きてきた僕の過去を

そして 君と離れて生きていく僕の未来を

全て伝えよう

 

誰もが笑顔で無邪気を装っているから

僕らも楽しく踊ろうよ

1,2,3 1,2,3

呼吸がぴったりあうまでにかかった年月と

それを忘れてしまうまでの年月と

比べやするまい

 

君は永遠に僕の胸の中で息づく

自由の戦士よ なぜ 我らは飛ぶのか

愛する人を守るため 愛する人と離れてまで

悲しく呪われた 人間の性よ

敵を破る その標的の男にも 無事の生還を

一瞬たり忘れず願っている 人がいる

人間 邪悪なる死神よ

生という自然の大神に反逆する者よ

 

まわる まわるよ 今宵最後のワルツ

曲が止まろうと ホールが壊れようと

まわる まわるよ 誰も絶対止められぬ

このワルツ 僕の胸に あなたの胸に

あの人の かの人の

誰もの 胸に

夜明けも何もあるものか

力の限り 曲の聞こえる限り 踊りつづけるのだ

そして 倒れてしまおう 踊ったままに!



37.落陽

 

夕焼けのむこうに

夢を追いかけていた人が

また一人 今日の世界に

腰をおろし パイプの煙に

ぼやき 沈む太陽を見つめている

 

太陽の沈むのを待ちくたびれていた

ほどの 若い日々から

太陽の上るのに

ついていけなくなってしまうほど老いて

おいてけぼりされた日

 

ああ 大いなる魂も燃えたぎらせ

太古より お前は沈んでは上るのに

それについていけぬ人間の身の悲しさ

 

我身を焼きつくせ

おまえの持つ万分全ての一の熱と光で!

私は おまえの戻ってくるまでの

冷たい世界で 凍え固まりたくはない!



38.火種

 

腹の底にいつのことか

わずかに持ちこまれた火種が

くすぶりつづけ 抑えるほどに強くなって

爆発して身をこがすように熱く

体全身をほとぼらして

炎 そのものと化して

とどまることを知らない

自由奔放に何もかも焼き尽くし

意志の力によって命限りなく

 

形だけに化した人形は

肉体は灰になり

精神は残りえるか

殺すだと―偽りのベールをはぐだけだ

その下には虫けらほどの

良心もない

 

そしていつの火か 世界が灰と化したとき

炎はおだやかにおさまるだろう

私も死するのだ

(私の人生は結局 人(文明)をむさぼることだったのか)

そして いかなる 知性をもったもの

その文明を それを 皆無せしめたものの

正体をつかめぬだろう



39.サンタ

 

サンタはいないんだと思ったときから

サンタはいなくなった

夢は夢でしかないんだと思ったときから

夢は みられなくなった

こうして人々は幸せの芽を一つ一つ

大人になる軍資金とでも思って積んでいく

 

答えを見つけるためでなく

疑問を残さないために

 

なぜかと考えるのがめんどうなあまり

なぜと問いかけることも忘れる

 

世の中はもともと味気ないものだったのかもしれない

しかし それが無限と輝いたこともあったじゃないか

たとえ それが間違っていたとしても

それに気づくのは りこうじゃない

偽りの方がずっと 価値のあることもある

 

天才ほどの不幸な人はいず

バカほど幸福な人はいない

世の中は 自分の思い通りの姿として あるからだ

もし つまらぬものと思うなら

その思い方を改めたらいい

すてきだと思う人に すてきに見えるものだから



40.酔ひ心

 

君の面影 肴にして

一人わびしくつぐ酒は

酔うにも酔えず

涙のみぞ酒面に踊る

盃にゆれる君のまなざしは

笑いこぼれて切なげで

みつめためらうそのうちに

香りも失せし冷たい仲

 

うずきおさまりし 痛みを

腹しんまでしみ通す

この酒 冷や酒のうるわしさよ

(苦く苦く)下に残るあと味のわるさとて

今はもはや離して生きれぬわびしさに

たぎる たぎるは恋心

はや我は老いさるばれて

足とて我意のごとくならぬとも

千里を遠しとせずは

ひとえ この恋心のみ

 

僕らは愚かな大人より

ずっと共通のものを持っている

理解もしやすい

僕らは 世界の青年

世界の子供たちだ

ならば 世界のために尽くそう

我が愛すべき地球のために

我が愛すべき人類のために



41.人の思い

 

魔法使いは 一軒の家で

体の不自由な年寄りになりすまして見ていた

一年目 人々は豊かになった

なぜって それが幸福だと人々が思っていたからさ

 

自分の家を新しく いろんなものを買い集め

みすぼらしい 魔法使いの家を煙たく思って

ひまつぶしにいろんないやがらせをした

地上一面真っ黒な花となったのだ

魔法使いは怒った そして

この腐敗した土に見切りをつけた

 

それで次の年は

不幸の種ばかりを

まいてしまった

もはや 世界もおわりよ

 

雷鳴がとどろき 火山が爆発し 地が揺らいだ

そして人々は 恐れと不安の中で貧しく飢えた

なぜって それが不幸だと人々は思っていたからさ

されど人々はくじけなかった あらゆる虚栄は

排除され 生きるために 動きはじめ 協力しあった

魔法使いのところに何人かの者が世話をしにきた

 

皆は 疲れ果てていたけど

明るく 生き生きしていた

ドアの外に魔法使いは見た

一面 白い花が咲いているのを

 

(人々が幸福と思っているほど不幸なことはなく

不幸とおもっているほど幸福なことはないのだ)

魔法使いはこの地上におこったことがわからなかった

これいかなる魔法なのか

やさしく取り戻して二度と

幸せの種などまくまいと思った



42.育てる

 

魔法使いがホウキに乗って 夜空を飛んでいく

あまりに早いので 気づいた人々は

新しい彗星かしらと 首をかしげている

 

その間に魔法使いは国から国へ

魔法の種をまき散らす

この世の中の不思議なことを

気まぐれに起こすのが楽しくて

魔法使いは今年は考えた

なるだけ幸福の種をたくさんまいているのに

この土壌はすこぶる幸福にしているのか

 

黒い花ばかりさく

幸せは芽ばえたときに 誰もが

つんでしまうのだろうか

誰もが欲しいものだからこそ 誰もが

大切に育てねばならぬというのに

 

魔法使いは 幸せの種ばかりを

今年はまくことにしてみた



43.あるクリスマスのシャンソン

 

今宵クリスマス

私は一人 お腹をすかして

肩をつぼめて街をあるく店は早 閉まり 

からっぽのポケットに手を入れ

街を歩く

シャンソンにしばし立ち止まり

カウンターの男がじろりと見たので

街を歩く

 

寒さだけを持ち帰って

ふとんを頭からかぶり

一人見のさびしさに

やりきれずにいるときに

ふと目をついてでるのは

ふと夢の世界へつれていってくれるのは

 

あ シャンソン

街で聞いたシャンソン

ふるさとで聞いたシャンソン

生まれてこの方聞いてきたシャンソン

クリスマスの夜は更けて

ともすロウソク一本ない

この私に たった一つ かざれるもの

 

あ シャンソン

街で聞いたシャンソン

ふるさとで聞いたシャンソン

生まれてこの方聞いてきたシャンソン



44.ピエロの昇天☆

 

ピエロは疲れはれた体を横たえ

誰もいぬ舞台うらで

穏やかな死神の足音に耳をすましていた

そして とぎれとぎれ流れくる音楽にプリンセスの

舞台を眼前で見るよりも正確に

思い浮かべていた

(僕の声はとうとう貴方に届かなかった)

 

プリンセスは舞台の上で

踊っていた いつものように

華やかに 美麗しく

端役が一人欠けていることなど

全く気付かず(たとえ気づいていても

気にかけやしなかったろうが)

 

しかし プリンセスは自分が満足いくだけの

舞台を演じているのに

大テントの中が妙に冷めているのを

直感的に感じていた

プリンセスはさえぬ顔で

引き上げてきた

上張りをいすに投げ

かけるといつもどうり 寝入ってしまった

 

ふと耳の中を風がかすめ

プリンセスは目を醒ましました

体に震えがきて

思わず量肩に手をやった

それは冷たく細いすべすべした肌身だった



45.Snow green

 

雪は情を持てぬゆえけ高い

いっさいの情をうけつけず

自ら情を生じるものなら

それを溶かしてしまうという

 

そんな雪を愛してしまった人間は

どうすればよいのか

愛は必ずやいかにかたくななる心をも

開かせよう

されど 雪

ぬしは 暖かい手でつつむと

身を滅ぼしてしまう 雪

 

僕はだまって遠くから見ているしかない

見られなくなるより

ずっとよい

されど 雪

春の日は こんなに遠慮していく僕からぬしを

もぎとってしまう

その悲しみに どうしてたえられよう

ぬれた地面に僕の涙をぬしに

雪 僕はぬしの美しすぎる性質を憎む

同じ星のもと生まれえなかったことを

 

遠くでみている つかの間の 清らかな このとき

奪いたまふな 奪いたまふな



 

 

 

 

Vol.12-1

Vol.12

1.あなたの色

 

僕の心臓に

カラフルな色で 

美しい絵を描こう

 

晴れた日の透みきった色で

大きな空を

広い海を

にぎわいだ街を

活気にみちた人々を

 

だけど いつも不用意にでてくる

あの色 

どす暗く

不明瞭でつかみようもない

ぼんわりと広がり

絵を損ねる

 

心をこめた 彩色が憂いに沈む

あの色のために

永遠にぬぐいされぬ一滴

 

たぶん あの女だろう

不用意におとしていったのは

 

あなたの心に入って描いた絵は

美しかった 

あなた一色で

花園の女神が笑っていた

 

だけど もうよい

僕はへたでよい

自分の色で描きたい

 

あなたが去って

憂いだけが残った

わずかに一滴

なのに まだ

深く染みこんでいる

あの色に



2.祈り☆

 

私の涙が白い丹前に

うす紅色に染まりました

レモンの香ほりが天に昇って

小さな星粒になりました

 

絹のなめらかさがそっとおいた

私の薬指を切りました

ポツリとこぼれた鮮血は

あなたにはじかれました

 

美しいもの

冷たいもの

幼いものに

罪はないのです

温情です

人の純潔を汚すのは

 

あなたは北風の声

空の高いところをわずかに かき乱します

私は積雪に隠された大地

余韻のない鐘の響きが

たまらないのです

 

陽は はるかに遠いところにいるのです

いるのです いるのです いるのです

なればこそ 私は祈るのです!



3.凍心

 

あなたは何を考えている

白く閉ざされた 北の国で

雪の精も凍えるほどに

 

なぜ それほど無情でありえるの

あなたは 眼をあけている

でも 僕はいない

 

僕にはもう わかりすぎている

沈黙は意志表示でも 否定でもない

僕はいない

 

あなたは答えるだろう

別に

 

いつもこうだ またしてもこうだ

けっきょく 僕ばかりだ

悩んで悩んで のたうちまわるのは

 

お人よしさ

僕を見えぬ人の将来の身上をまで

気づかっている この僕は

 

僕は 怒りも忘れた

嘆くのも無駄と知った

 

あなたのつれなさは

あなたにしぜんなものだから

 

時代よ 穏やかであれ

あわてて流してしまった

花びらの 美しさを迫わないように

花にはどうでもよいことなのだから



4.根

 

どうしてこんなに

人が歓迎しない感情ばかりが

僕に根づいているのだろう

僕が呼びやったのだろうか

 

落ち込む僕を救うはずの君は

誰よりも強く 僕の足をひっぱっている

時が足踏みして いじわるする

 

朝は けじめ正しく来る

人も自然に合わせている

ところが悲しくも

それに反することしかできぬ

不器用な人間が ここにいる

人一倍の不幸がかぶさってくる

 

それに参って染まってしまうなら

平凡であることは のんきな分だけ

幸せなことかもしれない



5.恋心の親心

 

何もかも 一人前になったのに

ひたすら無邪気で わがままなだだっ子

私の恋心よ 

おまえはどうして

そんなにいつも駆けまわるのだ

動かずにいられないのだ

そして 私を苦しめるのか

 

私のいとしい子よ

おまえの育ちがよすぎるため

私の栄養はすべて おまえに吸いとられる

静まってほしいと願うだけ 無駄

世話を焼かせてくれる そんな今が

一番幸せかもしれない



6.火矢

 

天使よ 失礼じゃないか

不用意な僕のこの心に

いきなり油をそそぎ

火矢をうちこむなんて

 

いやはや 油はあったのです

熱もあがっていたのです

 

私は 矢を放つだけです

それも流れ矢です

あなたの体を通り抜ける時

火がついたのです



7.ルーツ

 

僕の心のずっと奥にある

この悲しみは何なのだろう

僕をはいでいったら

何も残っていなくて

悲しみだけが

漂っているのだろうか

 

僕の体は

悲しみに

つけられたのだろうか



8.気化

 

悲しみすぎると疲れた分だけ

心がどれだけか楽になります

頭を破裂させるほど

煮詰まっていた思いが

天上へ抜けていき

どうでもよくなってしまうのです

 

あなたに こうされたのは

もう 何度目のことでしょう

あなたは 何も知らないのですから

 

(愛されるものが愛する者に

罪をつくっているのでなく 罰しているのです

何ゆえかは God Know)

 

今は大河に時 場を遇々

時にして舞散った 二枚の花びら

流れのまかせるままになりましょう

 

(僕はあなたどころが

自分さえ 自由にできるようになった)



9.ただに・・・

 

草になりたい

葉になりたい

ボウボウと荒れた

原野の果てなく続く

落葉の悲しみさえ知らぬ

枯木林の片隅で

 

ただ いぶかしげな灰色の空と

渇ききった白い土と

同じところをまわっている風

 

太古におきざりにされた

無窮の大地で

やせた地にはいくばい

吹きつける風のなすがままに

身体をまかせ

 

太陽を星も知らずに

ただ 生きて

ただ 死にたい



10.時限爆弾

 

僕は喜びの中に爆弾をかかえて

その日を待つ

閉ざされた心がようやく溶け

あなたは私の前に 輝くだろう

ひときわ美しく 女らしくなって

 

けれども 僕の五臓

時にむしばまれ 秒針を刻まない

 

あなたは 僕の空を飛べるのだろうか

永遠に偶像化された愛は

裏切るだろう

 

その日が終わる

夕暮れ頃は

僕はきっと 寂しくなっている

 

今 以上に あなた以上に

わかっていることだ

そのときがいずれ訪れること

僕が生きているかぎり

あなたが生きているかぎり



11.虹

 

雨が上がったので

真っ白な画用紙を

一枚買ってきました

 

あなたの顔はうまく描けないかといって

いいと思っているところに

あなたが クレパスを持ってきてくれました

 

カーテンを開けてあなたは言いました

 

虹を架けましょう

あなたは赤 青 緑色を

私は黄 紫 桃色をとりだしました

 

おや 橙色がありません

あなたに手をそえて

空を青く青く塗りました



12.卒業

 

あなたに会った日から

今日までの私は

あなたに恥じない女性になろうと

それだけを願って生きていきました

 

そんな私にとうとう気づいてくれなかった

きっかけなら いくらもあったのに

私は あなたの前に来ると名前もいえず

ただ あなたの話に耳を傾けているだけ

 

あなたに打ち明けたいこと

抱えきれないほどあったのに

あなたのそばにいると いつも

どうでもよくなってしまうの

 

あなたは気づいてくれなかった

ただ いつも明るくはつらつしていて

あなたは幸せを満悦しているようだった

 

私だけを見つめてほしい

そんな贅沢なこと願ってきました

 

あなたの心はいつも透んでいてわからなかった

あなたはいつも大きな夢を描いていた

私はその夢の中に入りたいと願っていました

 

あなたは去っていく

「さようなら」ってそれだけですか

あなたの言葉は いつものように陽気でさわやか

だから残酷 でも憎めないのが悲しい

「さようなら」と小さな声で

やっと返した私の言葉は・・・

涙がつうっと 頬を伝わったとき

あなたの後ろ姿はもうかすれていました



13.最期

 

邪悪な戦いの荷い手が

城から かき消えた

平和なひととき

あなたの一挙一動が

僕の一日を塗りわける

 

一途の愛

何も要らない

姫であるかぎり

私は支える!

 

しかし 白馬の騎士団は 返ってこなかった

あなたは 悲しげなふうをして

僕らは目をぬぐった

 

暗雲 一転 城を覆い

雷鳴 轟き 城門を破った

 

おびえた姫は はじめて

僕を必要とした なぜなのー?

 

―あなたの戦士が 彼らを導いたのです

僕の体から したたる血が

あなたの手を赤く染めた

寄せた波は 城内をもみつぶせず

ようやくひいた

 

あなたのために 死ねる

あなたの横で 死ねる

それが僕の死なのか

それが僕の生だったのか

 

僕は報われた 命を代償に

あなたは悲しげなふうをして

僕の意識は遠のいていった



14.警護

 

僕は あなたの護衛兵

あなたをいつも 見守ってきた

僕はただの護衛兵 あなたが目を輝かし

見とれるのは 華やかな戦士たち

 

僕はあなたの護衛兵

一日中 あなたを見て立ち続ける

僕はただの護衛兵

あなたの戦士と争う気など起こりもしない

 

あなたが見つめる 白馬にサーベル

号令を発し 勇みゆく戦士よ

それは僕の幼かりし時よりのあこがれだったのに

宮廷にあなたを見るや否や 流れ去った

 

声高らかに 帰りくる戦士を

僕は迎える 槍を立て 敬礼し

白馬の騎士は 勝ち誇らしげに声をかける

「ごきげんうるわしゅう お姫様」

あなたは応える かぼそい白い手にハンカチ

僕にはみせない 笑顔をふりまいて

 

国のため―

休息もなく あなたの戦士は 侵略に

遠い戦地に赴いていく

僕は見つめる 僕の幼かりし夢の

さらに 遠く 馳せゆくのを

姫ゆえに―

 

そのあなたは 胸に手をあて

僕の頭ごしに 彼らの死を 惜しんでいた

彼らは名誉に死に 姫の心に納められた

僕はその姫を警護する



15.夜噺-五題

 

夜が更けて 闇が積もっていきます

赤く燃えているのは 何の火ですか

あれは わたしの 愛

 

あいしてくれるのに

あいせぬひとには

ありがとうと

あいをうけとめ

かなしそうな目を

とじてみせるの

心の中で

あやまりながら

 

月よ おまえは

わたしをなぐさめて くれるのか

月よ おまえには わるいが

わたしは おまえをみて

かえって 悲しくなる

何だか似ていて つつましげだから

 

この世に 話の種はつきないけれど

二人は 二人のことだけ

話していれば 十分だね



16.愛しています♪

 

愛しています 愛しています こんなにも

なのにあなたは 空を見ている

ともにいられぬひととき

とても耐えがたい私に

やさしいあなたは 黙っている

 

愛しています 愛しています だれよりも

だから あなたの心もよくわかる

あなたのめざす その世界に

私の場所のないことを

わがままな私は言いだせない

 

愛しています 愛しています いつまでも

だけどあなたはやさしすぎた

私の愛が 足をひっぱっているのは

とうの昔に気づいていたのに

さようならがどうしても言えなくて

 

愛しています 愛しています どこにいても

だからこそ あなたの空を飛んでもらいたい

一人になるのは死ぬよりつらいけど

見守ってくださるあなたに

告げます 涙流さず

私も大人になりました



17.恋のうんちく

 

なぜ恋愛詩が 

多いのかって

世にはこれほど

不可解なものは

ないからさ



18.十代の初老

 

夢の中に出てきたあなたは

Vネックのセーター白いスカート

その横に あの頃の僕がいた

 

身にあまるほどの 未来を語りあったね

あなたは 言葉少なげだったけど

僕をきらきらした眼で みつめていた

あの鳥のように 自由に生きたい

そんなことばかり 考えていた日々だった

 

都会はちっぽけな人間を

顧みることもなく

やがて うつろな目の大群に

合流した僕は

君の去るのを止める力も なかった

 

夢に酔いしれていたあのころ

恋しいほどに 心につきささる

僕の未来は 夢であふれていた

それがつきてしまったのか

あなたを思い出す ほどまでに

そしてもう 僕は過去をふりかえって 

生きているとは



19.美しい地獄

 

あまりに水が清らかで まわりの木々も美しく

小鳥たちもさえずっていたので

僕はおそるおそる 足を踏み入れてみた

 

魂のてっぺんまで 溶けてしまうほどに

やさしい水の精が 僕を一気に

引きずりこんだ

だけど あまりに澄んだ水は そのことを

僕に気づかせぬほど 巧妙だった

 

僕はずるずると沈んでいった

半ば 水の精にひきずられて

半ば 自分の恋する心で

 

体をかけめぐる 甘美な快感

心はずませる たぎる血の流れ

若さは未知なるものへの恐れを

知らなかった

僕は今だに水の中にいることを

知らなかった

 

そこは 魚たちにとっての水

あるいは 僕らにとっての空気ほど

ふしぜんなものがなかったので

気づきようのなかった

 

そして いつのまにか 僕は水の精の

とりこになっていたのだ

 

底のない愛

もがけばもがくほど 引きづりこまれる

だけどそれに捉えられたものは

逃れるすべを知らぬ

 

笑っているのは 水岸から

見ているものだけだ

もだえ苦しむ 愛の地獄

むくわれぬ 底なし地獄

それだからこそ 美しい湖



20.雑草に笑顔を

 

くずれてしまった時を追いかける

手を伸ばせば 君の肩をとらえられた

そんな毎日を

僕は黙って見過ごしてしまった

 

君の書いた短い手紙の数々

ああ 君は僕のために

わずかながらも 時間を割いてくれた

君の人生の ほんのわずかな寄り道の

雑草にもしがない 僕だった

 

君は思いもよらない

気まぐれに あるときほほえみかけた

そのところに 一本のしかない雑草が

それが自分に与えられたものと早とちりして

何年も何年もその微笑を 忘れられずに

毎日毎日思い出して たったそのひとときを

見つめて 生きているのを



21.日記から写真が・・・

 

古びた日記の裏表紙から

一枚の写真がでてきました

遠い昔の風景でした

そこに あなたは僕の横で微笑んでいました

 

あれは いつの日だったか

カメラを手にしたあなたの妹が

気まぐれで 写して送ってくれたものでした

 

あれから 何年過ぎたものやら

あなたはとっくの昔に

僕の心の人となってしまいました

 

たしかに こんな顔をしていたように思いますが

何だか少々 違うように思うのは

気のせいでしょうか

 

古びた 日記一冊全てが

あなたのことで埋められていた頃のことでした

あなたの思い出を 留めるものは

他に何もなかった

 

写真の中のあなたは ただの友達

ただ そこに 何年もいっしょにいたなんて

今さら考えると おかしなことでした

 

たった一人の人でした

僕が愛せた たった一人の人でした

気づかなかった僕が 愚かだったのです



22.すれ違い

 

男がはい上がってきたとき

女はそのところの顔に 

不幸の二文字を読みとった

女には 地獄へ行くというような

考えは思いもよらなかった

天国に飽きは幾分あったが 

離れる気もしなかった

しかも こんなみすぼらしい

見ず知らずの男と



23.煉獄

 

僕は君を愛するために 生まれた

君が僕に愛されるために 生まれたように

だけど 一つ手落ちがあった

僕は僕を愛するために 生まれなかった

僕が君に愛されるために 生まれなかったように

 

愛されぬ男と 愛せぬ女の出会いは

結局 すれ違いに終わるしかなかった

 

男は その胸にやわらかい肩を抱きしめながらも

はっきりと遠い世界を見つめていた

女は 男のりりしい顔を見つめながらも

決して心を開こうとはしなかった

 

男は 女を神の国に押し上げると

胸を十字に切って 悪魔の導きに魂を預けた

 

男は知っていた 自分は女と異なる世界に

生きなければならぬことを

だけど 一つ手落ちがあった

男は容易に忘れられなかった 女のことを

いかなることに紛れていようとも

 

時は幻影をぼかしながらも 肥大させた

地獄の色に染まった男は

天国へ這いあがろうと試みた

それは許されぬことだった

 

女は男が地獄へ行ったことは知っていた しかし

自分ゆえということは知らなかった だから

女は容易に男のことを忘れられた



24.「橋にて」ゆく川 ゆく人

 

街ゆく人は振り返らず 歩いていく

橋の上 流れる水面 見つめる私

何となく 君が立っていそうな気がして

 

振り返っても

どんより曇った空 かもめは飛ばない

あてもなく ただ一人

何を 待っているのか

 

待ち時間は 永遠と化し

君はもう この橋を渡るまい

思い出を拾い集めるのは 僕だけ

 

これで最後と思いながら

つい ここに来てしまう

冷たい風は吹き あなたの香りはない

 

つらくなるのはわかっているのに

川に流し切れぬほどの日々

思い出の中に戻りたくて

 

一言いい忘れた言葉 告げたくて

笑われた時は帰らない

何もかも あのころと同じなのに



25.溶雪

 

あなたの手のひらに

立ち寄った雪が溶けました

あなたの手のあたたかさに

清らかな冷たい雪が溶けました

あなたは春なのですな

明るいあたたかい日ざし

 

ずっと待ちこがれたいたんです

どんより曇った空も

凍てついた 大地も

雪化粧をはらった枯木が

微笑んでいます

 

地上を清めた 雪んこたちも

あなたの息吹きにうっとりと

身をくずしていきます

 

天使が舞って降りてきます

神の永遠をたたえて

無邪気なものですとも

地上はまだ 真っ白なのですから

 

やがて生あるものが動きだします

あなたの命令の下に

あなたの去ったあと

手におえぬほど慕われだすのを知っていても

あなたは雪を溶かすのです

 

そして 天使たちが嘆き悲しむころ

神の涙かともや 一年めぐりて

雪が戻ってくるのです

それは人々の涙の結晶なのです