史の詩集  Fuhito Fukushima

福島史(ふくしまふひと)の詩集です。

Vol.14−2

31.心流れて

 

流れよ 流れよ 僕の心 君への愛

嵐の後 水は尾を引いて流れた

今まで築きあげた 何もかも

一瞬に流れてしまえ 何もかも

残さないように

 

一つの出会いが 一つの愛が不意に終った

この世に永遠というものはない

信じていた たった一つのものが

音もなく崩れた

 

心は洗われえぐられた

君はもう 僕の心の一部となっていたから

今は欠けた心で僕は君への思慕を忘れる

 

とても重い荷物を下ろしたようで

もっとも大切なものをなくしたようで

悲しいほどに笑いがとまらない

 

人間なんて 愛なんて 人生なんて

何もかも あまりにもろいものだ

 

信じていた たった一人の人が

音もなく 僕の心から 姿を消した

それは いつのことだったのだろう



32.女神の涙

 

美しくも気高き女神といっても

悲しいこともあれば 涙することもある

さりとて 女神は強がり

袖で一振り 悲しみを遠く放っちまう

 

あ~悲しきは 汝よ 女神

その強さが あなたの悲しみ

空色に砕けた涙は

地上に降り 虹色の花と散る

 

その香をかぎし 人間どもは

崇高な理想に恋こがれ

身に余る望みを持ち

汝 女神の姿を一目みたいと

 

さりとて女神は 雲の上

その気配とて 人間の鼻にゃ

かきわけられぬ

人間どもは 土を洗い落とした手で

天へ願う 我らの幸せを

 

さりとて女神は無力

誇り高い微笑で見つめているだけ

太陽は燦然と輝き 無情の土を乾かすとき

女神の目に涙の星



33.未完の物語

 

美麗しい女が 手にろうそくをもって

僕の前で 炎をつけるはずだった

それが 僕の体におさまりきれなかった

リンが宙を青白く 燃えてさまよい

通りがかりの女を連れてきた

この女ではない

けれど 僕はその女と暮らした

(未完)



34.この日 このとき

 

駆け抜けろ 駆け抜けろ

波のはざまを 海に打たれ

風に向かって 砂浜を

 

太陽が沈むまで

星がきらめくまで

残された時間を延ばしたいなら

手でもぎとっていけ

 

まだ明日がくるわけあるまい

もう昨日があったとは

過ぎたことは消えたこと

あるのは 今日 この日 このとき

 

もぎとった時間を投げつけろ

海じゃない 硬い砂にたたきつけろ

更かした分だけ 果汁が飛び散る

 

それを 噛みしめよ

苦味を かみ殺せ

そして 駆け抜けろ 駆け抜けろ

自らを砕き きしんだ肉から

真っ赤な血をはねあげろ

その血は 砂浜にくっきりと残り

やがて 海をまっかに染めるだろう



35.足

 

コンパスが長くなった

空間だけでなく

時間までも ひとまたぎ

うれしいような さびしいような



36.さすらい人

 

あなたの心はどこですか

 

追っても 追っても 追いつかない

恋に目隠しされた私は

両手を伸ばし

あなたを 追い求めるのです

 

走っても 走っても 果てのない

心を閉ざした あなたは

やさしさを枯らし

私の思いを 紙吹雪 舞うのです

 

愛しても 愛しても 報われない

それでも信じて 私は

あなたの心を 思い描き

祈りながら さすらうのです



37.世の中には

 

世の中には

この世のなかには

ただ いい人になろうと

生きている人がいる

 

私は そんなにめでたく

生まれていないから

他人(ひと)に安らぎを与えた夜に

一人になってから 目に一杯

涙をあふれさせる

 

悲しみ 苦しみ 身に余るほど

背負ってしまうときもあるだろう

 

それでも 自分の心を引き締め

ただ ただ  いい人になろうと

生きている人がいる



38.立つと

 

街がにじむ

 

立つと

首うなだれ

肩にぶらさがる手

足はがくがく

 

胃に唾液おち

涸れたのど

くぼんだ目に

街がにじむ

 

言葉知らず

大地に立つと

街がにじむ



39.ALARM CLOOK

 

貴方がぶっきらぼう

昨夜 頼むものだから

私は一睡もせず

あなたを起こした

 

それなのに 貴方は起きようともせず

私は困ってしまって

それでも起こし続けたら

貴方はすっかり怒って

私をたたきつけた

 

私は泣くにも泣けず

じっとしていた

でも 着替え終わった貴方は

やさしく私をいたわってくれた



40.花の伝説

 

少女は待っていた 窓のカーテンを

ほんの少しあけ 通りを眺めていた

 

少女は信じていた ただ一人の男が現れるのを

少女の愛はあまりに強かった まだ見ぬ人を

おそらくは出会えた後よりも深く愛した

 

恋に恋した少女に 一人の男も見えなかった

少女は自分の愛の完璧さをもって男を見ていた

 

そうして いつの日だったのか 春の花盛り

乙女となりし 少女は 自らの内に燃え上がる

恋の炎の熱さに燃え尽き

花の香となって 野原一面に立ち込めた

 

生まれて始めての花の香に

天使がささやいた

赤子は信じた その純なる魂に

理想の人の出現を

 

世を知らずして 恋のとりことなった幼子は

あどけない笑顔で 大人たちを誘惑した

その恐ろしき魔性の魅力に 知らぬうちに

人々の愛は吸い取られてしまうのだった

 

幼女が始めて覚えたのは愛の言葉であった

美しすぎる その茶目気に

誰かも 幼女の言いなりになった

かまってやっているつもりの人は

魂を抜かれたかのように

理性を失って遠くに逝ってしまった



41.散歩

 

僕はいたずらに 言葉を放り投げる

何かに当たって 跳ね返ってこないかと

はっきりとした手ごたえを 体いっぱいに

受け止められないかと

 

春の日のものうさの中に

詩人たちは 散歩する

土手の上 レンゲもナズナ

枯れはてて 青茶色のどぶは滞っている

 

いったい自分の踏んでいるのが

何なのか 足は宙に浮き

手はぶらさがって 頭が先に 先に

何ものかに追い立てられている

 

重いまぶたに むずがゆい頬

裏返った目は 光を殺し

焦点などない

正直になったのは諦念のせい

 

同じように道行く人に あいさつはいらない

地球がまわっている

自分の体で感じられぬ 事実ばかりが

僕をからかう 原始の火の戯れより たちわるく

僕も踊らされている



42.自失

 

ある日 わずらわしい犬どもから逃れようと

駆けまわっているうちに 落とし穴にはまったら

底がなかった ずっとずっと 落ちていった

 

そして全く見知らぬ世界に 僕は現れた

今までの世界から 僕は消えた

僕は義理によって 主役のいない

葬式で簡単に書類上で抹消された

 

僕という人間は消滅した

ハエが一匹 死ぬほどの注意もひかなかった

 

そして僕は全く新しき人間としてそこに現れた

僕に過去はなく 僕を決定づけるすべては

自分の手に握られていた

 

しかし 僕は存在しているのに

それを認められなかった

名前も何もかも すべて僕が一人決めた

僕は自分の存在を 訴え続けなければならなかった

 

顔なじみができ 行き場もできた

そこで僕は わずらわしい犬どもに

いつの間にか 追い越された自分を見た

 

僕は何一つ 自分で創りだせなかった

そして いつの間にか 自分さえ失ってしまった



43.砂場

 

いつかしら 僕の心のそばを行き交う

女の子を見つけたのは

そして いつかしら その女の子が

僕の心の中に入ってきたのは

 

僕の心の中に住みついた女の子

物かげに隠れて こっそりと

こちらを見ていたけれど

僕は少しずつ 自分の心の場所をゆずっていった

 

僕の場所はせまくなり

その子といる場所が

そして その子だけの場所が広がっていった

 

いつかしら 僕の場所は全くなくなった

その子に 占領されてしまったのだ

その子は 僕を追い出した

それさえ 僕は気づかなかった

 

僕はいつも その子といっしょにいる

つもりだったのに

 

いつかしら そこに誰もいないのに

気づいて 戻ってきたのは

その子は どこにもいなかった

めちゃくちゃにバラけてしまった 僕の心

 

僕はようやく一人で 整理しはじめた

いつかしら その子が帰ってくることも

あると夢見ながら

 

僕はいつも その子といっしょにいる

つもりだったのに