史の詩集  Fuhito Fukushima

福島史(ふくしまふひと)の詩集です。

Vol.13-1

詩Vol.13



1.平和という危機感

 

平和 それは恐ろしき退廃に向かっていく

すべてを緊張状態の均衡に

ぶらさがっていたときにはまだしも

精神の底からの

緊張のない平和な日々なぞ 続くはずがない

恐ろしい 何かが起こる

このままで済むはずがない

 

戦争に初めて破壊された国が

東洋の片隅にありました

その国民は 国をそんなにも

荒廃させてしまった

戦争の恐ろしさを痛感し

武器を捨てました

 

確かに 二度と負けることがないように

武力化し 再び争いに巻き込まれた

歴史上の国より はるかに賢明でした

 

世界の中でわずかに一国

理想を高く掲げた国が生まれたのです

まわりの国々が自らを守ろうと

がんばっているときに

グローバルに視野を広げて

たとえ 押しつけられた理想とはいえ

平和を愛そうとする国が現れたのです

 

それは不思議なことに

もっとも普遍性に富まぬ国でした

ときおり 極端に傾く危険をもった国でした

 

なるほど 平和主義は キリストも頭を下げる

理想であるのは 確かです

しかし あらゆる国は歴史から勉強しました

だから もっとも現実的な手段をとったのです

それは 平和は武力で守るしかないということ

 

その国は真理を悟りました

それはよかったのです

 

ただし まわりの国は その程度のことを

成し遂げるのに 毎年毎年

汗水たらして努力を続けています

 

それなのに その国は まるで理想が

現実に実現したように 何もしていないのです

そんなにたやすく うまくいってよいのでしょうか

たぶん昔も その国のような国がいくつかあったのでしょう

そして まもなく すべて滅びていったのでしょう



2.それは平和ボケさ

 

平和が理想とはどこの国でも知っているのです

世界が一体にならなければ それが実現せぬことも

そして 一体化しても

また同じような問題が生じることも

 

その国の住民は 島国の気質でした

自分の国で理想を現実と成しえたつもりで

この先もよしと思っているのです

 

力のない国が 最初に武器を捨てた

何もできようがないから 何もしないのでしょうか

 

猛獣をしつける努力もせず

ジャングルのまんなかで真っ裸で日光浴して

食べて太って昼寝をして まさに動物なみに生きている

 

日が傾きはじめれば 夜になる

至極 当然の報いを受けましょう

その際も平然としうるほど 高貴な国民なら

それほどすばらしいことはないかもしれません

 

理想を掲げるかぎり 武器を捨てた以上

その国のすべき努力は 並大抵のものではないはずです

 

この平和は退廃です

国亡の前兆です

現実に妥協しない以上

世界を逆流させるほどの

努力をしなければならぬはずです



この国が世界を引っ張る日を待ち望んで

新たな哲学をうちたてよう

すべてが思い過ごしであればよいのですが

私は武器はとらない

だから 努力する

 

忘れていることがある

何もかも この平和の中で

我々は知らずに甘受しているということ

何が平和を支えてきたかということを



3.ひねもす歩いて

 

眠れぬ夜が また明けて

重たい頭に 気だるい体

引きずって 僕は歩くのです

 

フラフラと息苦しく吐き気もするので

今にも気を失ってしまいそうですが

僕は歩くのです

 

何のために ですか わからないのですが

この世に生を受けてしまったので

やっぱり僕は歩くのです

 

空がどんなに明るくて

街がにぎわっていても

いいものは 僕の中に

入ってこないので

僕は歩くのです

 

誰かが声をかけてくれても

信号の目が赤らんでいても

車が止まらなくとも 僕は歩くのです

 

天気はとてもよいようで どうやらひどい

眠気がやっと僕を救ってくれそうで

これから何だか 公園のベンチです



4.ガラスの壁

 

いつか誰かに入られたのかしらない

あるいは 自分で入ったのかもしれない

 

僕らは ガラスのケースの中で

まるで太陽を浴び 大地に足をつけ

自然を呼吸しているかのように

外の景色を眺めていた

 

自ら ガラスを割らぬ限り

よほどの安全が保証されているから

いつでも 思うところに

いけると思っているだけだったから

 

ガラスのケースの中にすっぽり

入っていることなど

ちっとも気づかなかった

 

気づいたときは もう 力も何もない

やはり ガラスなどなかったと思って

開き直るのがよいだろう

 

自由を 大空に求めずに

手にした小鳥は 飛ぶことを忘れた

自由を 森に歌うこともなく

もはや 小鳥でなくなった

 

ケースから 落ちこぼれて 太陽にヤケドしたり

海におぼれたりしている 奴らをみて

僕らは ぎゅうぎゅうのケースに頭をくっつけて笑う

その僕らの頭は ガラスに押し付けられて

さぞや醜く 何とも哀れであろうに



5.業火

 

一つの愛がありました

それが いとキラやかに結晶して

愛は 閉じ込められてしまいました

 

それから 十数年たちました

その中に秘められた賜物は

消えてはいませんでした

 

くすぶり続けていた火は

いつも気まぐれな天使の流れ矢によって

やわらかな体を溶かし 燃え上がらせるのです

炎となって宙に舞い上がるのです

 

そして 運命のかなたに

手をつないでいる人のもとに馳せゆくのです

 

その行方を妨げるあらゆるものを

燃やすほど わがままで傲慢な炎が

その人の前にくると おとなしくなって

青く燃えるのです

 

芯から燃えて 慕いやつれ

それでも けっして

消えたりしないのです

永遠 それとも つかのま

何はともあれ 燃えるのです



6.涙の素

 

ねえ いたずら天使

このハケとビンをあげるから

街ゆく人の瞳を

ぬらしてごらん

 

悲しくなんかならないよ

これは涙なんかじゃないもの

きっと きっと 笑い出すよ

瞳をキラキラ輝かせて

 

ほら いたずら天使

皆いそがしくて

ちょっと目がくもっているだけさ

生きている人の瞳は

輝いているものだから

 

ねえ いたずら天使

街ゆく人の瞳を

ぬらしてごらん

 

そうしたら そうしたら

君は 恋しい天国を忘れられるよ



7.手紙

 

私が家から出ないのは

あなたの気まぐれが

配達されるのを待っているの

どうせと思いながらも

やっぱり期待しながら

 

あなたの手紙を読むとき

気持ちを抑えるの

答案を返してもらうときのように

期待しすぎて がっかりしないように

 

あなたの手紙を読み終えたとき

あなたが これを書くとき

私を思い浮かべてくれたことを

感じるだけで うれしくなるの

 

いつもながらのさりげなさが

いくぶん憎いけど

私を有頂天にさせるような文句に

胸を躍らせぬようにするの

 

あなたの冷たい思いやりを

知っているから



8.悲しみ

 

悲しみが私にうずく

すさんだ心を 吹きさらされぬように

コートの襟元をきつくつかんで歩く

 

悲しみは行き交う

帰り道 人もいないこの街に

誰もが私を見下げた

ふるさとの日のあたたかさを思う

 

悲しみに雪が降り積もる

悲しみは白く染まりゆく

白い悲しみの中に私がいる

悲しみは過去に染まり

明日を塗りつぶす

 

悲しみは たえて止むことなく

新たに降り積もる

重い体から肉をそぎ落とし

骨を抜き 天に召される日がくるとも

 

悲しみは心のたずなを

つかんで離さない

悲しみに 時は過ぎ去り

見送った悲しみに

今日 また 出会う

悲しみの色は

あまりに透き通った白



9.天佑

 

幼子がどんぐりを集めるように

私は言葉をひろう

 

幼子はその無垢ゆえに

集めたどんぐりを何に使おうなど

考えてはいまい

ただ どんぐりが落ちているから集める

 

私もまた 言葉のぎっしりつまった

箱に見向きもせず 木の下を歩き

歩いているうちに 手の中に

つんだ言葉を入れている

 

幼子は手に一杯のどんぐりに

喜びを顔色に示す

私は乏しい言葉に表し

切れぬ感情を手にあまし

悲しみを共にす

 

幼子の手のうちから どうしたはずみが

一個のどんぐりからこぼれる

あわてた幼子は手から

どんぐりをすべてこぼす

そして泣き出す

 

私のとりあわぬ感情と言葉が

どういったことか

結合する瞬間がくる

そのとき 私は悲しみから

一瞬の安らぎを得る

すべてを得て この天佑に感謝する



10.ある朝に

 

あさぼらけ

夜霧が私を目覚めさせた

涙はいつしれずと乾き 朝が来た

空はしだいに明るくなり

やがて あの荘厳なる太陽が上がるであろう

 

私は野道に倒れている

手のうちには いくらか土が握られている

 

夢は見なかったのだ

私はここで 一晩泣いていたのだ

体が切り裂けるほどの大声で

 

それを見かねた夜番の神だろうか

一時の睡魔を疲れに乗じさせた

 

しかし 忘却させるまで

面倒みはよくなかったらしい

 

私は悲しみを新たに胸にし

こみ上げるものを抑えている

 

あなたは白く透き通った天の羽衣をまとい

雲上へ逝き去った

この私をおいて

 

太陽は昇る そして

いつものように朝が来た

その偉大な日課をたたえつつ

悲しく胸を打たれることは

これもちっぽけな 日常茶飯事なのだ



11.冬

 

悲しみが舞い散ってしまったあとの枯れ木は

ひょうひょうと北風に身をならしている

 

恐ろしく純白の新たなる悲しみが降り積もる

なぜか うとまれた 我が身がきしむ冬



12.人生の河

 

新たに生なる者が浮かび

古き老い人が沈む

我らは流れる

時の間の光の中に

 

人生という河の

大きさを見極めた者はいず

我らはただ身をまかす

あまりに大きな河の

わずかな 時の間に

 

河よ 永遠にして不滅の運命に

我らを どこへ導こうとするのか

無数の渓谷から流れ出て

大海へと 向かう河よ

 

それとも 我らはすでに大いなる海の

流れに翻弄されているのか

天から降りてくる魂と天に昇る魂が

輝いているかの光よ

 

太陽よ

われらの河に

美しく映えるものよ

 

夢と希望の中に我らは流れる

何も知らぬまま

ただ河の流れに身をまかせ

我らは流れる



13.君の名

 

君の名を何度書いたことであろう

それが何にもならぬことを知りすぎていても

それをせずには耐えられなくて

ただ むやみやたらに その名を書いて

破って また書いて見つめて

 

思い浮かべ

愚かだからこそ

楽しく

惨めだからこそ

切ない

眠りを奪われた

夜の業

 

君の名を何度叫んだことであろう

その響きがあまりに耳ざわりがよく

その余韻があまりに自然に

わたしの心に欠けがえのないものとなって

ただ 重い胸の底をさらうように

その名を呼び 誰も聞く人もいず

ただ一人 聞いてもらいたい人は

はるかに遠く

 

夢にうなされては つぶやき

目覚めては まず 口もとに

浮かび上がる さしても

どうしたら よいことやら



14.夜の番人

 

背中に夜の重さを一身に負い

つぶされまいと あがいている

眠れるものか この憂愁

つかれちまった この重責

 

朝がくるのが これほど

遠いものなら いっそ

こなければ よい

そうすれば 僕は安らぐだろう

おだやかな眠りを 取り戻すだろう

 

空が明るくなり 日が昇るのを確かめ

人々の声が巷に聞こえると

僕はやっと落ち着く

確かに 今日がきたことと

自分が生きていることに ほっとする

 

安心すると 眠くなるもので

僕は 遠い昔に

見られなくなってしまった夢を

見ようと また むなしく

眠りにつく

陽がおちるまで

人々が家路につくまで



15.花の種

 

人には笑いと喜びと夢を与えましょう

怒りや悲しみや失望は

このノートの中に閉まっておこう

僕はいつも 笑っていれば よいのです

 

夢を分け与えること

それは幸せと同じくらい 大切なもので

どんなに 小さくばらまいても

大きな花を咲かせることがあるのです

 

不幸にして その人の心が肥えてなくとも

何度も何度も いくつもいくつも

巻き続けたら いつか咲くことだって

あるのですから

 

僕は 自分の心の中でしか

花は咲かせられません

でも その花の種を分け与えることは

できるのです

 

そして その種が

花を咲かせるかどうかなど

期待しなくてもよいのです

 

僕にできることは ただ

その種を分け与えること

それが僕の幸せです



16.部屋

 

私が起きるのは

来やしない あなたの手紙を

ポストに確かめにいくため

青い封筒に丁寧に

書かれた私の名前

いまだかつて 私の名が

これほど有効に

使われたことはなかった

 

色あせていくのは

あれから一通も加わらぬ

古い封筒の束

それに書かれた私の名前

あなたの中の私

されど 私の中のあなたは

昔と変わらず 私の命

朝を告げるのだ

 

私が起きているのは

来やしない あなたの電話を

なす術もなく 待っているため

あなたは電話をあまり使わなかったけど

この電話は あなたのために

部屋のいいところにある

 

この電話の叫び声に

私は期待と不安をかきたてられ

あるときは喜び あるときは悲しんだ

でも あなたの声が伝わってくるという

あたりまえのことに どうしてもっと

感謝できなかったのだろう

 

今はあなたのナンバーさえ

用を足さなくなって

部屋の飾りものと化してしまったが

ほこりはかかっていない

 

私が待っているのは

来やしないあなた

玄関の呼び鈴を使わず入ってくる 

私の愛する泥棒

あなたを満足させるものは

あまりに ここには少なすぎた

私の心をもてあそんで

私の心だけ

ここに置き去りにしていった

 

ぬくもりを恋しがる体は

もはや 死にたえ

あなたを思う心だけが

何倍も強くなって生きつづけている

この世に奇跡の起こりうるかという

はかない望みの中に



17.願い

 

涙なんか出やしない

いつものことさ

一人の女が足早に

僕の前を通り過ぎていった

幸せをぶらさげて

 

それだけのことさ

なのに なぜ

こんなに悲しい

 

一人でいるのがつらいからか

二人でいるとわずらわしいのに

この世界は僕には広すぎる

それがわかっていないから

貪欲すぎるのか この僕は

 

何もかも 自分のものにしなけりゃ

おさまらない

されど人間

愛されるべき女たちよ

君は 自由にならない

僕の花壇を踏み荒らす

陽気な妖精よ

あやしい魅力を封じよ

さもなきゃ 僕は

どうでもよくなってしまう

たった一人の気まぐれのために

 

早く行け 二度と現れるな

ただ一つ 置いていけ

僕の心を置いていけ!



18.降誕

 

誰かがどこかを見ていた

流れゆく人生を

遠く離れた虹の上を

天使のような子供たちが

すべっていく

 

楽しそうに楽しそうに

急ぐのではないよ

神の手で 頂上に下ろされた

みどりご

 

しっかりした足を得ても

そこまで また上るのは

不可能なのだ

 

虹が七色に輝き

その子らの紅潮した

微笑みに青い瞳がつぶやく

速い そして 早いー

 

加速された時の流れを

楽しむ無垢なるものよ

ささやくのは 春風だけ

地上の声など 聞こえなくてもよい

 

笑えよ 笑え

天を揺るがすほどの声も

太陽より 明るい笑顔も

たった一度の降誕に

すべっていけ

 

楽しそうに楽しそうに

全速力で!



19.火

 

(白いページが耐えられなくて 僕は書く)

 

からっぽの心が寒すぎて

何やら 火を入れようとした

気をつけねばなりません

舌をこがしたり

のどを焼いたりせぬように

一息にすっと飲み込むのです

 

あれ ま

何やら 口中に戻ってきたよなと

見る間に

鼻の穴から白い煙が ポカポカと

消えちまったんだね

何も燃えるものがないんだもの

仕方ないよ

 

気のせいか

少し温まったのに

火が消えると

また寒くなってきたよ

誰か 火をくださいませんか

太陽のような 不滅の火を



20.夜のひととき

 

(夜中に目が覚めちまった)

 

地球を半分まわして

太陽にたばこをチョイっとつけ

一服して 月に輪をかける

雲を顔にぬり 雷でひげをそって

海をかきまわして

顔をぬぐった

タオルを山にかけておく

氷山を浮かべたジュースで乾杯

偉大にして卑屈なる人間のために!



21.すべては君

 

君のさみしさに僕のさみしさを加えたら

きっと うれしいことが起こるよ

君の冷たい手に僕の冷たい手を添えたら

どちらも あたたかくなるんだよ

 

一匹狼のかっこよさに あこがれて

ただ ひたすら 自由に生きたいと

白い風を追っていったけど

それが なんだったというのだ

 

ふりかえったところに

君がいなくては

ふりかえったところに

君がいるかが すべて

すべて すべて 君しだい



22.遠い悲しみ

 

遠い悲しみを僕は歩く

白く乾ききった道は天の河か

雄大にして崇高なる混沌よ

 

地上が回転する その摩擦で

僕は焼きつきそうだ

青い海も太陽が血で染めた

 

望郷の見晴らし台は崩れて

真っ逆さま 僕は蟻地獄

もがくほどに 砂にのみこまれる

 

悲しみは 夜露の冷たき地に

映えて 星のきらめき

浅はかな 夢をあざわらう

 

遠い悲しみを僕はあるく

ただに歩く

僕は歩く



23.オレンジ

 

酔っぱらったあとには

オレンジがいいのです

 

酔うほどに悲しくなる

人間の性に 頭が鳴るのです

 

昨日までの威厳も権威も

酔っちまえば裏返し

うつろな目には とても

物が見えるのです

 

酔っぱらったあとには

オレンジがいいのです

 

もぎたての甘い香りが

人間に生まれた このひとときを

慰めてくれるでせう



24.白い少女

 

白い少女が走りぬけました

僕の脳裏を

誰かしら

人の眠りを妨げるのは

 

白い少女が立ち止まりました

僕のひからびた心に

いつかしら

そんなことがあったよな

 

白い少女が振りむきました

僕の弾力 失せた胸に

どこかしら

その子が ひきずる風景は

 

白い少女が笑っていました

僕の埋もれた愛を

なぜかしら

今になって あなたが揺れているのは



25.埃

 

埃を吸わずに生きていくには

埃を吸わずに生きていくには

疲れた都会に寄生して

白い幽霊と手をつないで

腹の黒さをひた隠して

 

ああ やだ やだ

 

流れ星が すっと横ぎった

あたら都会の空の希望

むなしく

闇は 暗さを誇張した

 

屋根からポッと雨だれが

安まらぬ心に 追い打ちをかけ

闇は静けさを誇張した



26.あなたの微笑

 

貴方は笑った

貴方は笑った

にこやかに ほほえんだ

 

たかがそれだけのこと

たいしたこともないと

人は言うかもしれない

 

でも

貴方が笑った

貴方が微笑んだ

 

私の心は満たされた

これでよい

これでよい

思い残すことは何もない

 

私は ようやく

ほころびた心をおさえて

貴方のもとを立ち去った



27.落葉

 

言の葉が去りゆく

我が身は突風に舞い

あなたは落葉の行方をみる みる

それも 舞いおえた

落葉だけ

舞い落ちる 落葉



28.時

 

時よ それほどの力を持つおまえが

なぜ これほど 静かに流れていくのか

 

一艘の小舟に 一人揺られて

ぼんやりと 目をつぶっているうちに

太陽はまぶしさを失い

鳥は森に帰り 闇のベール冷ややかに

いつ知れず 月は微笑んでいた

 

海は はるかに遠く僕を待つ

否応なしに 夢を託した

頼りない小舟は

再び あなたのもとに帰ることはない

 

月よ いつまでも 微笑んでいておくれ

何もかも失った 私を

導いておくれ

 

時よ こうなったからには

一気に 押し流しておくれ

かの女(ひと)への思いで

この小舟は沈んじまいそうだから



29.中途半端

 

甘ったるい感傷をこね回して

何だというのです

それで明日が来るのですか

いえ それでも明日がくるのです

 

けだるい憂うつをかき回して

何だというのです

それで昨日が去るのですか

いえ それでも昨日は去るのです

 

若さだけを杖にして

やっぱり僕は生きているのです

ゆりかごに 戻れなければ

墓もない

 

中途半端な人間ばかりが

宙ぶらりんの世の中で

生きているのです

その中の一人なのです

 

僕はこの杖を失ったあと

支えてくれる人がいるかしら

支えてくれるものがあるかしら

僕に勇気があれば この杖で

胸を突いていたでしょうか



30.自由の糸

 

雲の上で神の弟子が操っていたのは

愚かで素行の悪い人間たち

長い長い糸を何本もたらし

人間の身を守っていた

 

ところがある日 愚かさの甚だしきこと

糸の余りに気づいちまった人間が一人

枕の中から ハサミをとりだして

一本残さずぶつぶつ切っちまった

 

最後の一本が切れたとき

それを引っ張っていたのは

なんと神様 ご自身だったもので

ドテンと尻もちをついて しまわれた

 

さて この男 自由になったのは気分

爽快だが それとて 何ら変わりやしない

神様を怒らせただけの損

 

それでも神様は対面をはばかって

やさしい微笑みで その男の手足に再び

糸をかけようと 先を輪にして竿につけて

たらして ねらっていた

 

そこに現れたるが 仕事の暇な

すこぶる 不景気な 死神のおっさん

糸切る手間がいらんからと

さっそく その男に 目をつけた

 

当の本人 何やら まつわりつくものを

切り取ったのは よかったが

さりとて 何かを新たにするわけでもない

結局 糸がついてもついてなくても

何ら変わりはない

 

神様は 釣りをやめるわけにいかず

死神も 連れていく機をうかがって

ともに その男にかかりきりになっていたが

そのうち どちらも嫌になってやめてしまったとさ



31.母なる海

 

浜辺に寝ころんで

海のつぶやきを聞いていた

そのうち涙が 頬をつたったので

手の甲にこぼれる砂に舌をつけた

 

ざらついた味は

青くよどんだ海にそそいだ

はるか上流の岩塩か

それとも 僕の身のさびか

 

海は大きく空は広く

浜辺の砂は無数にきらめく

夜空の星も降る

 

僕はこんなにも小さく

ただ一人 何を呼ぶ

母なる海には もはや戻れぬ悲しみに



32.蝶を追う

 

蝶を追いかけて つまづいて

転んでみたら 血が出てた

草の汁に泥ついて

たんぺでこすったら 涙とまってた

 

起き上がって 追いかけて

走り出したら 痛み消えていた

 

何を追いかけていたのか

あのときの僕はまだ知らなかったし

今の僕はもう忘れてしまった

ただ 何やら 走らなければならなかった

 

追いかけていたのか

追いかけられていたのか

肝心の蝶は とうの昔に死にたえた



33.哀しき世界の王

 

僕の目には これほど

美しいものとみえる この世界は

その隅々まで歌われるのに 耐えるほどの

配慮を怠らなかった 偉大なる天の主の創造物

 

だから 僕の歌うものは ありすぎる

目に映るもの 耳に聞こえるもの

鼻に舌にほおに感じるもの

そして 幾多の乙女子よ

僕は 歌をもって この世界の王となる

あらゆるものが この身にかしずくだろう

 

されど 聞け

この王の悲哀を

誰が王をたたえよう

誰が幸せにほころんだ口元に

その名を 浮かべよう

 

歌われるものが 美しいだけ

歌う者は哀しいのだ

この世があまりに美しすぎて

歌い表わせないのだから



34.明日に生きてきたけど

 

目の前が闇だと思っては

何度 その向こうに世が明けただろう

 

熱く灼けた陽の光の中で

海の底にはいつくばっていた自分が

雲に飛び乗ろうとする

 

ふんわり 浮いている白い雲

すねたときには涙雨

かもめ飛びます 海の上

明日はどこ知れぬ身となれど

浮かぶ雲を止めることはできません

 

こぼれる雨を拾い集めることも

かもめの行き先を知ることもできずに

僕は 明日も生きているでしょう

 

ずいぶんと賢くなったせいで

まっ暗やみは消えました

けれど 明るくすぎる日の光も消えたのです

 

幸いなるかな 中庸に

平凡におだやかに 僕は生きるのです

何かしら もの足りないままに

明日のない日がいつ知れずと

近づいていることだけは 確かです



35.あこがれキャッチ

 

遠いあこがれだった

幼い僕は走りつづけた

果てもしない砂漠

 

何度も足をとられそうになった

何度も転び、そのつど、立ち上がり

そして 手を前にのばし

全力で追いかけた

 

貴方は僕の前を走っていた

遠い遠いところへ行こうとしていた

僕がどんなに叫んでも聞こえなかった

貴方が消えるのが恐ろしくて

いつもいつも僕は貴方を追っていた

 

貴方はときどき からかうような

微笑を浮かべて 僕を振り向いた

僕はそれに励まされたように

 

力を振りしぼって 止まらない

貴方を追いかけた

 

僕は少しずつ 少しずつ 貴方に近づいた

僕が早くなったのか 貴方が遅くなったのか

貴方は楽しそうだった

僕はそれにも増して楽しかった

 

貴方のほおが赤く染まった

僕らの影は 夕陽に長びき

僕は貴方の影に追いついた

 

もう幼くはないと気づいたとき

貴方は消えてしまった



36.抵抗

 

あれは精一杯の抵抗だったのです

僕の心が 貴方から離れていく

永遠の愛を誓い信じた僕の

最後のあがきだったのです

 

貴方は一度も振り向いてくれなかった

この愛の重みは全て

僕の両手にかかっていました

それを天に持ち上げるほどに

僕の情熱は強かったのです

かつては それほどに

 

貴方をつれなく思い 恨んで離れようと

すれば するほど かえって僕は

貴方の存在を大きくしていったのです

一生貴方から逃れられぬのを 悟った僕は

(あのころは、僕の全生活になっていました)

貴方と心中する決心をとうにつけていたのです

 

貴方を傷つけず 僕が生きるために

 

それが 醒めちまったら 夢のよう

空虚な心のどこに 貴方はもぐりこんだのか

耐え切れぬ この悲しみに

僕は歌を捧げます

 

今ごろ 貴方は相変わらず

僕の健闘を 茶目っ気たっぷりの微笑浮かべ

あきれてみているのでしょう

 

でも 違うのです 真実は 真実は

 

あれは精一杯の抵抗だったのです



37.双飛

 

か弱き白き裸手を力の限り

抱きしめてみん

そは 我が離れ身なれば

 

何を思いたまふ

何を見つめたまふ

その瞳に我はゆらめけど

 

汝か弱き者に一つの魂

寂しき世を共に生き耐えと

年月が 与われた

 

安らぐがよい 我が胸で

我もまた 汝のものなれば

何もかも忘れて

 

そうして 羽を伸ばし飛ぼうとも

広すぎる この空は



38.別離

 

僕らは走りつづけた

星にせかされた

夜空が恐ろしかった

音だけが 聞こえていた

 

貴方の笑い声も いつの間にか

消えていた それでも 僕は走りつづけた

それが 生の証であるかのように

空がぼんやり明るんできた

疲れきった重いまぶたを 開けてみた

 

僕の前に貴方はいなかった

僕の横にもいなかった

恐る 恐る 振り向いた

僕の後ろに はるか後ろに

一人の女が 倒れていた

 

あなたと確かめるのが 恐ろしくて

振り向かず 僕は精魂尽きるほど

思い切って走りつづけた

 

陽は 僕の前をのぼっていく

昨日は後ろに取り残され 今日が始まる

僕はわけもなく こぼれる涙を

風に切って 走りつづけた

今度は太陽に向かって



39.スワンソング

 

青虫がサナギが蝶になれず

死んでしまった

それは悲しいことなのでしょうか

美しい蝶が蜘蛛の巣で もがき 力果てる

それは 美しいことなのでしょうか

 

人間はどうやら アヒルの子のようです

失っていくものばかりが多くて

よいものは よさそうなものに

置き換わっていく

歳 経るごとに

成長するとともに そうなる

 

でも 純粋な魂が 汚されましょうか

やわらかい光に 輝くダイヤモンドは

強いから 美しいのです

 

白鳥となりて 飛ぶには

白鳥となりて 飛ぶには

人間は まだまだ 賢すぎます



40.あこがれ

 

海にあこがれていた

森の大木からこぼれた葉 一枚が

急流にもまれて 下っていきます

ちょっと気をゆるしたときの

風の吹きまわし

 

どこかに落ち着きたくとも

流れに任せるしかないときもあります

 

枝を離れたことは 果たして自由だったのか

日の光をまぶしいと思ったときには

流れはゆるやかになりました

両岸は段々離れていきました

 

木の葉は予感しました

冒険の成功を 海の香りを嗅げるんだ

 

ところが 中州に打ち上げられた 木の葉は

まもなく生気を失して乾燥し

風にもまれ ちりぢりと

散っていきました

 

たどり着けなかった海まで



41.死の権利

 

死んじまった貝は 焼いて食えません

ただ 土に戻るよう 埋めるだけ

 

生きている限り 死ぬことはできるのです

死がくるより早く 死に向かいさえすれば

逃げようとしても 死神はホウキより早いのです

 

生気を胸に十字架で架け

死神から奪うのです

死する権利を



42.何もないからひびく

 

君は悲しい顔をしていた

何がつらいのー?

「何でもないんです ただ」

 ただー?

「わからないんです」

 何がー?

「何もかもです」

 何もかもー?

 

物事には わけがあるものとは限りません

何もない 心がポカリと

抜けてしまったとき

そこを気まぐれな風が

心の鈴の音をかき鳴らすこともあるのです

 

チリーン リーン リーンと

大きな物音よりも かすかに震える

微弱な鈴の音の方が

心にいたく ひびくものです



43.うさぎの死

 

池の真ん中に月が揺らいでいます

右手で振り上げた石を

投げつけるのを やめました

池よ 月はお前の中にいるのでない

 

一人 月を見ていた夜がありました

月は 僕だけを見つめてくれ

すべての情を 僕に注いでくれるように

思われました

 

僕は何度も勇気づけられ

感謝しました

 

しかし 月よ

お前は誰も見てやしない

太陽に照らされているだけなのだ

うさぎを殺しちまった

人類のゆがんだ大いなる成長が

今また 僕の心を むしばんだ



44.声と歌

 

声が出ないのは 声が出ないのは

つらいものです

心の中に溜まった うっぷんを

やたら 文字になおすのは

なおさら 気が重くなりますもんで

 

田舎へいきましょう 人気のない

荒れた野の 大空の

限りなく広がっているところに

そうしたら

声も出るでしょう 声も出るでしょう

 

もしかしたら その声は

歌になっているかもしれません



45.転身

 

もう二度と人を愛することは できぬだろう

誰かにやわらかな恋心を

ズタズタにされたぐらいなら

時と 出会いとの中に

癒されることも あっただろうが

 

貴方は悲しいほどに 何もしなかった

ただ 僕の横を通り過ぎていった

 

恋と気づくには遅すぎ

振り向いたら 貴方は消えていた

 

どこにも 怒りをぶつけられなかった

僕は 貴方の通り過ぎた

電柱の一本一本に

頭をぶっつけていった

 

フラフラに血を流した

僕の前に 現れたのは

貴方よりずっと やさしい人だった

けれど 貴方では なかった



46.報いのチケット

 

罪の報いはずいぶんと待ちくたびれさせた上で

じわじわと 僕を追い込むつもりなのですね

それまでに 僕はまだまだ罪を重ねるでしょう

やがて老いに 力も衰え 身にこたえるでしょう

幸福だったのは 将来の不安を

一層呼び込むためですね

 

その証拠に最高の幸福とやらは

いつまでたっても遠のくばっかりです

 

改心するごとに新たに裏切りを重ねる

僕は 祈りをも忘れ 神をも踏んづけました

罪の意識も そのうち消えちまうかもしれません

人間でなくなる前に

地獄への定期券を受け取ってしまった者には

それさえもったいないほどです



47.バベルの塔

 

太陽に向かって

石の塔を組み立てていった

愚かな人々と

笑う我らは

その手を汚そうとしない

ことばはバラバラでいい

一つになったら

また組み立てていくだろうから



48.眠るのに

 

夢見るのは幼子か

夢と知らずに安らかに

と思うや否や 急に泣き出す

うらやましくもあり

おかしくもある

おかしくも おかしくも

いつかしら そんな年になったのか

 

眠るのに 何の苦労もいらなかったころ

起きていたくて仕方なかったころ

何それの夢を見たいと願って眠ったころ

 

みんな みんな よかった ZZZ・・・

 

今は くたくたに体を酷使し

頭をねじりまわして

気絶するようにしか

眠ることはできなくなった

 

それを避けるため

またまた悪酔いの夜更けに ZZZ・・・



49.涙腺美

 

少女はうつむいていた

何かを思いつめたまま

まばたき一つしない瞳から

涙が頬をつたった

 

少女の手は白いハンカチを

とろうとしなかった

わけもなく 思いつめることが

ひたすら 純粋すぎる少女の涙腺を

開いたのだ

 

自らのことに 自ら感銘できる

あまりにも傷つきやすい乙女の心は

少女を一瞬 きれいにみせた

美しくさえあった



50.去無来

 

私の心はもう帰らないのです

あなたのもとには ちょうど

あの日々が戻らないのと同じ

 

煮えたった 思いも

氷の世界では 冷めます

さもなければ

すっかり蒸発してしまうでしょう

 

たがいにみつめ 抱き合わず

そうした目で すれ違った

そんなもの だったのです

 

今となれば わかります

悲しいほどに わかります

あなたの心も わかります

だから もう

どうにも ならないのです



51.シャボン

 

あるいは また 情熱に

疲れちまったのかもしれません

 

同じところをくるくる回って

何かしら変わったことが起こるのを

いろいろと いらいらと

待っていたって どうにもなりません

どうにもならないのです

 

天空に描いた夢は 舞っていきます。

どこしれず 追いかけども 追いつけぬ

見失っては

また シャボンに希望をふかします



52.気分

 

雨の音が胃を癒してくれます

夜なのに 明すぎるこの部屋に

僕は疲れちまったのです

 

何ゆえ 目をふさぎ

何ゆえ 眠ろうとするのか

明日が快適なものになるには

僕はずいぶん眠らなけりゃ なりません

 

けど 今から寝たら もう

明日が過ぎてしまいます

また こんな夜がくるのです

 

あは まぎれようもない気分は

重く軽く この体をもて遊んでいるのです



53.崖落ち

 

高い高い崖から

海へまっ逆さまに落ちたら

さぞかし気持ちがよいものだろう

青い空に 逆さに映える

 

太陽が大きくなったり 小さくなったり

働く人々は 絶えまず働き

馬車は野道を行く

馬は働く 幸せな奴

居心地の悪く狭いところに

閉じ込められ 揺れているのは僕



遠く望郷の街は後ろに流れ

何もない荒野が続く

すべてを捨てて 自分だけを持って

きた- その自分とは

馬車の中で眠たそうに

揺られているのは

 

それがうらやむべきことだからで

ないのです

他にすることもなけりゃ

できることも ないのです

高い高い崖から 海へまっ逆さまに

落ちたら・・・



54.黄金のリンゴ

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

無数に地におちた小さな種

雨に流され 日に枯れ

夢想のうちに 幾多の生は絶たれた

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

ささやかな春日を 精一杯汲み取って

芽を出した幸せ つかのまに

鳥につぐまれ 虫にくわれ

夢想のうちに 幾多の生は絶たれた

 

そのリンゴが輝いているのは

そのリンゴが輝いているのは

 

暑き夏の光線に たたきつける

雷雨に耐え 育ったのはいかほどか

幾霜巡りてか 花を

日の目に見 その中に

見事なる 実を結んだのは

 

そのリンゴが 黄金に輝いているのは

あまりに気高い誇りゆえ

選ばれ残ったものとして尊厳ゆえ



55.点火、そして、爆発

 

焼けちまった 灰になっちまった

手の平からこぼれる白い灰

 

時が止まった

涙がこぼれた

すべてが黒く染まった

 

焼けちまった こっぱみじんに

蝶のように 逃げ回っていた君が

 

わかっていた

こうなることは 最初に

僕の目に君が点火したときから

 

焼けちまった 黒いしみを残して

君は吹き飛んだ

 

かぼそすぎた

美しい女(ひと)は

きつすぎた 細い身には

 

焼けちまった

僕の情熱に

真っ黒こげに・・・



56.情熱くん

 

若かったよ あの頃は

一目見るなり 僕は花束片手に求愛した

それが恋かどうか 確かめる暇もなく

答えの出た頃には とっくに出会いの幻覚が

終わっていた

 

おまえは やたら

いろんなものを引きずりまわす

僕が望もうと望むまいと

しかし 僕のよっぽど好きな奴だったから

僕が責任を負わねばならない

 

後先のことなど一顧もしない

放蕩野郎ー

 

こんな奴に 心臓を預けている日にゃ

生きた心地もしまい

それでも 今日まで生きてきたのは

切っても切れぬ仲なのは

愚息ほどかわいいってものか

 

耐え切れず 追い出しちまえば

心の中がからっぽで

生木がさかれたようになっちまう

 

そうさ 引きずられ

必死に生きてこれたのは

おまえのおかげさ

 

ああ 遠慮などすることないよ

何だか年をとるにつれ

おまえは 出不精になったね

 

若かった あの頃のように

とことん 僕を困らせておくれ



57.吹けよ、トランペット

 

吹けよ トランペット

頑固な防壁を打ち破れ

そして 焼けた夏を連れてこい

大地を割り 天空を切りさけ

 

吹けよ トランペット

体一杯に怨念こめた力で

愛の憤りを神の前に直訴せよ

天地を分かつヴェールをはがせ

 

吹けよ トランペット

心のままに

潮に身を投じた愛する人

深いところに眠らせるために

その愛は海を赤く染めた

太陽のくれゆく かもめのいない空に

 

吹き続けよ トランペット

心をこめて

細かな砂のこぼれ落ちるように

僕の心に静かに積もっていけ

あなたの面影を生前のままに心に保て

 

吹き続けて トランペット

心安らかに

曇る地上に小さき男の幸福を祈って

帰らぬ世界に返らぬ人

海はなんてやさしいの

悲しき調べのトランペット



58.大失恋

 

どこを飛んでいるのか

僕の心は

疲れ果てたこの体をおいて

戻ってこいと

僕は呼びかけはしまい

 

一度は女(ひと)に預けた心だ

その女がいなくなった

今さら戻ってこいとは

いいやしない

 

何もかもなくしちまった

固まった重い頭と

棒になってしまった用なしの足と

その間の腐ったはらわた

 

つぶれた目は 光を忘れ

涸れたのどは 存在を訴えず

風は勝手に肺を出入りするだけ

 

わずかに 心臓を動かし

死骸という名を 逃れるのが

精一杯の今

 

それでも生きている

ひたと雨だれが

折れた歯にしみた

僕の心の神経

何の気まぐれか

今さら戻ってきたのか



59.出発の時

 

お嬢さま 何をそんなものうい顔で

頬づえをついているのですか

城外に出たい出たいと思って

重い焦がれるだけじゃ 

何ともならなかったじゃ ありませんか

 

お嬢さま その想いは

はるかに大きく空に広がり

理想の世界に貴方さまを

誘い込んだのでは ありませんかね

 

あの雲の下には

この場内に一度でも入りたいと思っている

子供たちが無数にいるのですよ

未知なるゆえの好奇心は同じです

 

お嬢さま 自分の足で半日も歩いたことのない

貴方さまがどうして 街に出られましょう

お嬢さま 貴方さまが

それなりの心構えをしないうちは

何も出来やしないのですよ

遠くから見ると 何もかも美しいもの

 

お嬢さま 貴方はいつも空を見つめていなさる

昨日の雲はもう そこにはないのですよ

いつかはいつかはと思っている間に

取り返しがつかなくなる 時の恐ろしさを

いつでも 悲しそうに思っている間にも

雲はずっと遠くに行ってしまうのですよ

 

お嬢さま 勇気を出しなさい

そうして 自分を見つめなさい

血の気が その美しい顔を輝かせたら

そのときですよ お嬢さま



60.恋人たち

 

私は愛を讃えないのです

古来 言葉の魔術師たちが

その思いにせかされ

少しでも心を楽にしようと

愛をことばにしたためた

 

恋人がその女の

瞳の中に自分を見つけるとき

最高の美の感動のことば

それはことばがことばを裏切る瞬間

沈黙が訪れるのです

 

息をとめ 時をとめ

緊迫に動きをとめ

見つめあうのです

 

そうして あまりの重圧感に

歓喜が耐え切れなくなったとき

ため息がこぼれます

すると恋人たちの

目は笑い出すのです

互いの名を呼ぶ前に



61.海辺の思い出 1

 

あんなにまぶしかったのは

窓から入ってきた日差しが

ゆりかごを揺らしたから

 

あの頃 僕にはこの部屋が広かったし

窓の外は一面 太陽だった

 

あんなに青かったのは 窓の向こうに

白い雲がゆったりと 寝そべっていたから

 

あの頃 僕は部屋から出たかったけど

窓の外は何だかとても恐かった

 

あんなに赤かったのは海の向こうに

太陽が隠れるとき

 

僕の背丈が窓を越し

僕の部屋の中まで

海から浜辺を駆け抜ける

炎に僕の頬は赤らんだ

 

あんなに遠かったのは

こっそり窓から 飛び出ては

おぼつかぬ足で転び

そのつど捕まえられた僕の冒険

 

波音も潮の香も僕を呼び続け

太陽は変わらず輝いていたのに

浜は広く 海はずいぶん 遠かった



62.海辺の思い出 2

 

あんなに悲しかったのは

海をはじめて知った日

 

やっと浜辺にたどりついた僕は 知った

青すぎる空も あくまで白い雲も

そして 白い白い太陽も

この海がある限り たどりつけない

妙に 冷たく からかった水

 

あんなに黒かったのは

太陽の消えた日

 

空に点灯した星の明かりを

たよりに歩いたけど

波はいつもより高かったし

潮のにおいも鼻についた

 

波間に浮いた僕に

やせ細った月が揺らめいていた

遠く小さく揺らめいていた

 

「地平線まで」「地平線まで」と

手を伸ばしながら

叫びつづけた

僕の前には水平線が

完全なる絶望を 明示した



63.森へ

 

縁側で日なたぼっこしていた

僕の耳元に 何やら聞こえる

 

軒下に蟻はまだしも働いている

蜘蛛はどうやら半分 巣を張り終えた

 

森へ行きませうー

倦怠のだるき体は

共鳴するには鈍すぎる

森は 涼しいでせうー

 

転がった首の矢に

美しい妖精が 冷たい息を吹きかける

起き上がった僕は

魔力にかかったのか

連れ去られたのか

 

いつの日か 僕は

縁側で日なたぼっこをしている

男の耳元に 何やら囁いていた

 

軒下の蟻は どこかに連れ去られた

蜘蛛は去り 破られた巣があった

 

森へ行きませうー

起き上がった男は

魔力にかかったのか

僕についてくるのだった

 

ああ 美しすぎる自然よ

邪悪なる人間よ

私はなぜ 満足できぬのだろうか?



64.海の浅いところを砂の堤防で封じようと海へ行った日のこと

 

沖を見ている人がいた

僕らは浜辺をけちらすと 冷たい

サファイヤに体を浸し

しぶきをあげて騒いだ

 

影が凝縮されたころ

黒い肌に つやをそえ

紫色の唇をぬぐって

僕らは 塩っぽい おにぎりを食べた

 

その人は沖を見ていた

 

僕らは砂で夢をかなえはじめた

深い穴からいつも 湧き出た水に

くずれ 高い山は波にのまれた

 

ささやかなる 僕らの遊びまで

許さず 完璧に封じるほどに

海は偉大だった

 

太陽がジューと熱い音をたて

海にのまれてしまってから

僕らは見た いや 見なかった

 

僕らの足跡さえも消えていた

僕らに残されたものは 疲れだけだった

沖を見ている人は もういなかった



65.祈り

 

私の涙が 白い丹前に

うす紅色(くれない)に 染まりました

レモンの香りが 天に昇って

小さな星粒に なりました

 

紙のなめらかさが つとおいた

私の薬指を切りました

ポツリとこぼれた鮮血は

あなたにはじかれました

 

美しいもの 冷たいもの 幼いものに

罪はないのです

温情です

人の純潔を汚すのは

 

あなたは北風の声

空の高いところを

わずかにかすらせます

私は積雪に目隠しされた大地

余韻のない 鐘の響きが

たまらないのです

 

陽は はるかに遠いところにいるのです

いるのです いるのです いるのです

なればこそ 私は祈るのです