史の詩集  Fuhito Fukushima

福島史(ふくしまふひと)の詩集です。

Vol.15

詩Vol.15



1.路地とコインと救世使

 

少女から女性になろうとしている子が

すすり泣いているのは 夜の路地です

下宿から吐き出されたのを

両手を上に伸ばして歩いてきた

救世使が気づきました

 

彼の右のポケットにコインが3枚入っています

一枚はちょうど横の自動販売機に搾取されました

ガタンと音がしたとき 少女は一瞬 泣きやみました

 

救世使はジュースを一気に飲み干しました

その子は 膝を抱えて

声を押し殺して泣いています

二枚目が自動販売機に搾取されたとき

少女は顔さえ上げませんでした

 

彼の胃に毒物が落ちていきます

その子は泣きやみません

三枚目を右から左のポケットに移し変え

救世使はその場を立ちました

 

その子はまだ泣いています

救世使のポケットには使わなかった

コインが一枚 入っています

でも そうであろうと なかろうと

朝となり 泣き明かしたその子は消え

いつものように そこは

人ごみにごった返す路地となるのです



2.二十歳の誕生日

 

泥白色の空

街燈の列 列 列

ポリバケツのフタ 転げた

 

湿ったアスファルト

澱んだ空気

地下鉄工事の音

 

美しきバラード

オレンジジュース

口に含んでは吐き出し

胃が脳みそをぐしょぐしょにし

 

歩いているのは 僕の下半身

よろめいているのは 僕の上半身

 

こんなになっても

僕は王者にはなれないのだ

しがない街の一隅に

ヘドを吐いている

誕生日 僕の二十歳が過ぎていく

 

空っぽの缶

飲んだ覚えもなく

空っぽだ

 

カラリン カラリン カランコロン

蹴られちまった缶カラ

錆びつき 朽ちるまで

僕は どれだけ生きるのだろう



3.札

 

札が後方に飛び去った

もう 永久に手にできぬ

その札をやむなく受け取ったとき

僕は生を選んだのか

いや いつの間にか それは

ポケットに入っていたのだ

 

その札に僕を彫りつけぬうち

愛おしさも汗も手垢もつかぬうち

奪われたのだ

 

使い果たしたからだとよ

見てよ まだ新品同様だったじゃないか

ー使用期限二十年間が切れた

 

悲しき罪の象徴 思い浮かぶ風景

美の冷ややかさ 時のうつろひ

感慨失せ 感覚麻痺

成人の札をよこしやがれ!!

いつしか またポケットに入っている

 

ところで神よ

この新たな札

あんまりじゃないか

 

二十よりあと (有効期限不明 途中下車無効)

弱き者は 軌跡に寝ころんで

もう夢を見ている

目ざめるのはきっと

死ぬときだろうよ



4.釣り

 

私は海の辛さと水圧を絶えず

全身に感じ 周遊していた

広い海 同じところは 二度と通れぬ

常に未知と危険に満ち足りた日々だった

 

ある日 えさをつけた釣り糸が

私を誘いにきた

水の上に出てみないかと

空はもっと広い

鳥のように 飛んでみないかと

 

私は初めて飛んだ 宙に舞った

太陽に体が 虹色に光り

水しぶきをあげ その至福をかみしめた

その直後 私の体はがんじがらめにされた

 

そして今 私は釣り竿を垂れている

時はあのときから流れはじめた

私はひたすら 魚のかかるのを

竿に任せて 太陽が半円を描くのを

寝転がって見ている

 

こんなに暑いのに

私は泳げないから

そうしているしかない



5.夢

 

原爆の落ちた日は 熱かった

暑い日に 落とされた

 

生まれるまえのことは すべて神話

幼き頃のことは すべて童話

少年の頃のことは すべて漫画

 

そして今 私は新聞に載っている

 

夢にびっくりして起こされたとき

夢を見ようとして祈って寝たとき

夢は現実の世界で行為していた

 

ところが夢を歩きだそうとしたら

夢はまさに夢のように

とりとめなくなっちまった

なんせしっぽがない

 

つかまえ切れないうちに

夜毎の夢の地図も狭くなった

果たしてこんなんで

夢の名に値いするのか



6.武具

 

僕の強さは 鎧と兜だった

それは貴方が丹念につくったものだった

百戦百勝した武将の心中を誰が察したか

 

己だけが知っている真実

か弱き女子の手で できたもの

それが昨日までの僕だった

今は敗者 価値あるものはすべて

貴方とともに消えた



7.粉雪

 

地に届かぬうちに 消えてしまう粉雪が好きです

なんだか とても 薄命の

悲しみは 夕焼けの色に けぶる稲わら

青紫のうす揺らいだ煙

汽笛は 共鳴した 眉間の奥深くに



8.じっと

 

愛と 気やすく呼ばないで

恋と そんな浮ついたものでないの

真心こめて じっと見つめていてよ



9.海

 

なぜってわからない

ただ 無性に海が見たかった

だから走った 走り続けた

海は 黙っているだろう

でも 教えてくれるだろう

愛を求めないだろう

でも 愛してくれるだろう

 

海は黙っていた

それだけだった

それでよかった



10.ビラ

 

雨の日なのに 世界平和を唱え

ビラをまいている人がいて

 

雨の日だから 無関心に

無視する人がいて

 

雨の日であろうとなかろうと

投げ捨てられたビラを

拾っている人がいる

 

僕は世界平和を唱え

そのビラを踏みつける



11.まだだ

 

疲れちまったと

いってしまえば おしまいだ

生きてゆくことは

ほんとうであるほどに

疲れることだが

その疲れを感じないように

疲れていたいと願う

 

体がへとへとであっても

精神がくたばりそうでも

何かがあると

だから 生きる

生きていられるし

生きねばならない

 

疲れちまったと

ことばに出すのは たやすいし

情けない顔をすると

自己満足を得られるかもしれないね

 

けれど 自分の中にも

そんな弱いものじゃないものが ありそうな

 

心の炎をいつしれず 冷やさぬよう

そんなことばが 出そうになったら

吹っ切ってしまおう

まだ まだだって いっているよ



12.呼び出し音

 

この電話の向こう側で

呼び出し音が

果てしなく続いている

 

僕の思いは

あなたのすぐ手元まで

いっているはずなのに

 

あなたには 届かない

あなたの心は 受け付けない

 

僕はことばにならない

想いを込めたベルを

そっと切る



13.「9」

 

悲しみは 寝起きの気まぐれ

体の奥深く ひそんでいるのは

太古より継がれてきた

肉体の必然か

 

理由も原因も 探すに程遠い

そこまで行くのに 誰もが疲れ

癒される術もない 悲しみを深める

 

ときおり 働く知性

悲しみを癒そうとして

自ら働く こいつが

偽のヴェールをかぶっている

 

要するに 幾何学的 問題だ

コンパスと定規で

きっちり9で割り切れる直径の

円をありうる限り 書き続けよう

 

そのうち それが無数にあることが

わかって 悲しみも

また9で割り切れることがわかったら

気の病いは 9分通り 治るだろう

 

あとの1分 それは最初から

最後までずっとあるものさ



14.反逆

 

とうとうと河の流れのごとく

なりなされ それが無理なら

流れに身を任せなされ

心静かに 仮の世に

慈悲の宿りをしなされと

 

神の悟しも 仏の教えも

わかっているし

そうしたいのは やまやまだけど

人間として生まれたからには

彼らに近づきたくはあれども

人間として生まれたから

よいところの悪いところや

悪いところのよいところも

ばかげたこととの思いになろうと

人間らしく 生きていきたい

 

わがままな情熱

せこましい一念を通すため

人間としての世界で

この世だけ この生だけ

あつかましく 執拗に生きていく



15.若さ

 

若いといわれるが

そう 事実 若いのだ

そういうことだ

それを道を知りながら 歩めぬのが

極悪な人間というものだ



16.ある夏の日々

 

海は夏だった

白く青く くもくも

青く白く もくもく

 

太陽が大洋に眠たいよう

 

浜は夏だった

人はまばらに ばらばら

波は幾腹と なみなみ

 

静かだったけど

動いていた

何もかもが



17.啓示

 

ミューズは気まぐれ

とろりとろりと眠っていては

呼びかける 寝ぼけまなこに

天の啓示と 謹聴しても

それらしきことは ありゃしないさ



18.ある夏の宵

 

夜は更けゆく

雨滴は時をうがち

眠れぬいらだち

夢が誘う

 

悲しき今宵

冷えた体

乾いた口唇

序曲の始まり

 

手を伸ばし

足を伸ばし

まるめたシーツを蹴り

汚れた枕を投げやる



19.土の上

 

海は俺のもの

だけど 泳げない

空は俺のもの

だけど 飛べない

 

今は だから

俺は 土の上で

ひたすら生きる

永遠のあこがれ

かいま見ながら



20.魂

 

魂が燃えるかぎり

煙はのぼり すすは舞う

雑多な俺の魂は

無限の彩りに

小躍りして喜ぶ



21.風船

 

大きな風船 小さな風船

赤い風船 青い風船

色とりどりの風船

 

僕は それを両手で

からめとって

大空に羽ばたくことを夢みて

 

たとえ 太陽の熱で焼けて

まっさかさまに落ちてもよい

空さえ飛べたら

ひたすらに 地球を

我がものにしたい

気持ちだった



22.夕暮れ

 

夕暮れの公園のかごの中で

一人揺られていた

語りかける その人は

一緒に揺られていた

 

自分の心を洗いざらいに

打ち明けて その人の

ことばを聞いていた

 

風の音に

キィーキィーと揺れる

さびしき夕暮れ

思い出を語り

未来を夢み

今を生きる

 

語り尽きたころ

僕は君の視線を強く感じる

 

子供たちが駆け寄ってくる

騒ぎながら

さあ 降りるときがきた

僕は公園を去り 坂道を下る

 

かごに揺られる

子供たちの声に送られて



23.誤算

 

時の軌道に乗り遅れた少年は

大人になりそこねた

積まれてゆく齢のそばで

ただ虚ろに空を見ている

 

俺はどうしても乗れなかった

乗る権利は放棄され

少年は取り残された

俺はそれを選んだのだ

 

されど 少年という名のまま

俺は老いゆき

おちぶれ果て 問うのだ

間違っていたのは

俺だったのか

 

沈黙の中 人々が行きすぎる

その顔は無表情に疲れている

だけど それを眺める俺の顔に

生気はない こんなに早く

くたばるとは思っちゃいなかった

若さまかせの誤算だった



24.海外線の砂上

 

何に僕はこんなに疲れているのだろう

三歩歩きゃ 食って寝て

この上ないほど いい身分

 

僕の上には 空がある

果てしない 空がある

 

雨が上がって 虹が出る

何千の彩りの 虹が出る

 

ぬれそぼれて 僕がいる

海岸線の砂上に 僕がいる

 

地平線は水平線

虹の架け橋

僕は波際を

どこまで駆けられるだろうか